第16話「この子を守れるのは、俺だけだ」



衛星一蹴サテライト・ワン!」


『ガゥアッ!』


 地上階まで駆け下りた俺は、未だに続くメテオキックとビーストの戦いを視界に捉える。

 メテオキックが繰り出した上段回し蹴りをビーストは間一髪で回避し、鋭い蹴りが空を切る。

 空振りの蹴りは衝撃波を生み出し、突風となって俺や人々に降り注いだ。


「チッ! ちょこまかとウザ……うっとおしい!」


 攻撃が当たらない歯がゆさ故か、メテオキックは素が出そうになるのをなんとか抑えつつ悪態をつく。


 いつもならものの数秒で片が付くはずなのだが、やはり周りに人が多くて戦いにくいのか、珍しく戦闘が長引いている。

 そしてビーストの方も空間を立体的に動き回り、ひたすらメテオキックの攻撃を避けている。

 やはり俊敏性に特化しているらしい。


 メテオキックは構えを取ったまま立ち止まり、次に繰り出す攻撃を思案している。

 対してビーストは唸り声を上げて獰猛性を見せてはいるが、メテオキックの動きを伺うそぶりも見せている。


 これまでのビーストならなりふり構わず人々を襲うはずなので、毛色が違うようだ。


 もしや――。


『ガルゥ……メテオキック。メテオキック。シッテル。オレハシッテル。オマエノコウゲキ、キケン』


「喋るタイプか! 面倒な!」


 予感が当たった。


 言葉を発するバリアンビーストは強靭な肉体に知能を持ち合わせた強力な個体であり、頭が回るだけ普通のビーストに比べて厄介であることを意味している。

 過去にもそういったビーストを屠ったメテオキックは、当然その面倒さを知っているだろう。


 だからこそ手早くビーストを片付けたいはずだが、メテオキックはビーストを注意しつつもチラチラと左右に視線を送っている。

 どうやら、避難が遅れている周囲の人々が気になる様だ。


 なら俺がするべきは、彼女が戦いやすい環境を作ること。

 手始めに俺は近くにいる女性に駆け寄り、ビーストに勘付かれないよう静かに声を掛ける。


「ここは危険です。早く避難を」


「だ、だめ! う、うちの子があそこにいるの!」


「!」


 女性はビーストとメテオキックを挟んで向かい側の柱の傍らを指差す。


 そこには、五歳ぐらいの子供の姿が見えた。


 子供は恐怖からか、柱の影でうずくまって動けなくなっている。

 一人でこちらに来るのは難しいだろう。

 かといって、このままだと戦闘に巻き込まれない。

 急いでこちらに連れてこなければ。


「わかりました。俺が連れてきますから、お母さんは避難を」


 俺は姿勢を低くし、柱の影に隠れながら素早く移動する。

 直線距離では十メートルも離れていないが、メテオキックとビーストの間を突っ切ることは出来ない。

 膠着状態のメテオキックの邪魔にならないよう、息を潜めて次の柱へ移動する。


 何度か繰り返して、ついに子供がいる柱の側までたどり着く。

 気付けば俺はビーストの背中側、メテオキックが立つ場所と対角線の位置にいた。


 するとメテオキックが俺に気付いたのか、慌てた様子でこちらを見ながら口だけを動かしている。どうしてここにるのか、とでも言いたげな様子だ。


 俺は口の前で人差し指を立てながら、もう一方の指で子供を示す。

 そのジェスチャーでメテオキックは逃げ遅れた子供の姿を見た。これで俺の意図が伝わったはずだ。


 するとメテオキックは小さく首を横に振った。

 分かっている。危険なのは重々承知だ。

 だが、それでも俺が動かなければ。


 俺は滑り込むように隣の柱へ移動し、子供の肩に手を置く。


「ひぅっ!?」


「静かに」


 突然後ろから肩を掴まれたからか、子供は小さな悲鳴を上げた。

 声を潜めるよう慌ててジェスチャーをしたが、その瞬間に俺は見てしまった。


 背中越しに俺達の姿を捉えていたバリアンビーストの狼の片目を。


『マッテタ』


「なんだと……?」


『オレ、シッテル! ガキ、タスケニクルコト、シッテル!』


「なっ!? まずい! 避けろ! 衛士!」


『グゥルアッ!』


 バリアンビーストは踵を返し、メテオキックの警告とほぼ同時に、俺へ襲い掛かった。


 しまった! 狙いは俺か!


 ビーストはただ逃げ回っていたのではない。

 奴はメテオキックの攻撃を回避しながら、絶好の機会を虎視眈々と狙っていたのだ。

 己の背後にいる逃げ遅れた子供を、誰かが助けに来る瞬間を。

 それだけ頭が回る個体ということだ。


 獰猛な大口を開いたビーストは研ぎ澄まされたナイフの様に鋭利な狼の剛爪を掲げ、俺に飛び掛かって来る。

 距離は二メートル弱。

 俺一人ならギリギリ回避出来たかもしれない。


 だが、ここでもし回避すれば、攻撃は俺の側にいる子供に直撃する。

 子供は当然避けられず、剛爪はか弱き命を容易く刈り取るだろう。


 それは決してあってはならないことだ。


「この子を守れるのは……俺だけだ!」


 俺は、もう二度と「力」は使わないと誓った。


 しかし俺はこの子を守るために、今この一瞬だけその誓いを破ろう。


 俺は子供を抱え、目前に迫るビーストに対して盾を構えるように右腕を掲げる。




 ――解放ディスチャージ




 心の中でそう唱えた瞬間、俺の右前腕が翼の模様を施す白銀の籠手に包まれた。


 振り下ろされたビーストの爪は俺の籠手に接触し、その瞬間に俺は体を翻しながらその攻撃を受け流す。

 しかし解放した力が前腕のみだったため、ビーストの力を完全に殺すことは出来ない。


 俺の体は抱えていた子供と一緒に吹き飛ばされた。

 勢いのまま五メートルほど転がされ、俺は子供を抱えたまま地面に横たわる。


「ぐっ、がはっ……!?」


 背中と肩に強い打撲の感触。籠手を消して右腕を確認すると、こちらは平気だ。

 肩が外れている感触はあるが、それでも、直撃を免れたおかげで子供には傷一つない。


「うわあああああああああああああああっ!」


 俺の腕の中で子供が泣き叫ぶ。恐怖に耐えきれなくなったのだろう。

 むしろ、ここまでよく泣かなかったものだ。


「大丈夫……大丈夫だ……」


 俺はその勇気を称え、痛みに耐えながら子供の頭を優しく撫でる。

 すると子供は途端に叫ぶのを止め、鼻をすすって俺にしがみつく。


 俺は子供を抱えながらゆっくり体を起こし、ビーストを視界に捉えた。


『ニオイ、オナジ……? ウラギリ! グゥルアアアアアッ!』


 ビーストは一瞬不思議そうに首を傾げたが、叫びを上げて再び爪を振りかざす。

 仕留められなかったのなら、もう一度殺せばいい。単純明快な思考だ。

 ビーストの狼の双眸が赤みを帯び、それを目にした子供が腕の中で震える。


 大丈夫、君のことは絶対に守る。

 なぜならここには――。


『グァッ!? ア、アァッ!?』


「捕まえたぞ……この犬っコロめ!」


 最強のヒーローがいるのだから。

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