第8話 鉄道マニアの京都帝大生

 ここで、年長の紳士が話題を変えてきた。

「それほどの人らの集まりの中で、君は研究生活を送ったわけだが、私らのような人間にはついていけない何かを持っている人、存外、いたのではないか? 先程少し話に出されていたが、列車の車番を覚えたのは、君のいた研究室の人からか?」


「はい。研究事情で、うちの物理学研究室に助教授とともに来ていた渡辺さんという工学部機械工学科の院生がいました。その人、鉄道が好きでしてね。そうそう、この食堂車の車番はスシですけど、寿司はメニューにはないようですな。東海道の「つばめ」の食堂車の車番は確か「マシ」だそうですが、そっちも、寿司はないようでして(苦笑)」

 堀田氏がこのようなことを話すのは、工学部の知人でS電鉄に就職した渡辺寿保という人物がいたが故のもの。

 渡辺青年は戦前からの鉄道ファンでそのあたりに詳しく、かれこれ教えてくれたという。彼はなんと、1941年に東西鉄道趣味人の集会に参加した人物の一人でもあるほどの鉄道好き。後に彼はS電鉄の社長に就任するとともに、全国組織の鉄道趣味の会の幹部も務めた。


 渡辺青年の話を聞いた山藤氏、感心するやら、呆れるやら。

「うちの近所の酒屋の息子さんにも、なんか知らんが、鉄道が好きな子がおって、それがまた、鉄道模型なんかを自作したり、写真を撮りに出向いたりしておる。これが戦時中やったら、スパイか何かと言われてオオゴトやったで、真面目な話。その渡辺さんとやらはしかし、S電鉄なんかにお勤めになって、大丈夫かいな。いろいろな意味で、な(苦笑)。京都大まで出られて、いささかもったいない気もしないではないが・・・」

「渡辺さんはそのあたりきちんとされている方ですから、大丈夫でしょう」


 ビールを飲み干した山藤氏が、残りのビールを相手と自分のグラスに入れた。

「まあ何も、列車で寿司を握るまでして食べることもなかろう(苦笑)。ひょっとそんな時代が来るかもしれんけど、何もそこまでしなくてよかろうとは、思うがね」

「と言いつつ、いただきもののちらし寿司をつまみとしていただいておりますから、世話はないですね」

「いやいや、たとえばこの食堂車で職人に握りずしを握ってもらって食べるとか、そういう話よ。何も食堂車で駅弁や戴きものの寿司を食べることを言っておるわけじゃない。それにしてもこのちらし寿司は、さっぱりと酢が飯に交じって、素朴で上品な味じゃ」

「まったくです。そこらの駅の寿司弁当よりおいしいですよ」


 ここで、大瓶のビールが空になった模様。寿司はまだ、幾分残っている。

「今度は私がおごります」

 そういうが早いか、若い助教授がウエイトレスにビールを注文した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る