第7話 天才に見えし帝大生の正体
「ええ。今朝京都駅で見送ってくれた立命館の石村助教授と私が、研究室ではその点においては双璧でしたね。どちらも、お世辞にも成績はいい方ではなかったですが」
「夏目漱石の坊ちゃんの時代から、酒飲む奴は馬鹿だと言われておるね。その石村先生より、君は学生時代、成績は良かったのか?」
「彼よりは、幾分なりともマシでした。酒の量なら、私の方がいささか勝っておりましたけど、何だか。自主申告ですから、大目に見てください(苦笑)。石村君は、実験については鬼のようなところがありましたが、理論はともかく計算がからっきしダメでして、いつも追試を食らっておりましたね。ぼくら院生や助教授の先生方にしっかり教えられて、努力して克服されました。それはたいしたものでした」
「君も何だかんだで、石村さんから学ぶところがあったようですな」
「もちろんですよ。理論が主とみられる物理学においても、実学がいかに大切か、そのもととなる実験の重要性につきましては、彼のおかげで、本当に身にしみてわかりました。あれは海軍に依頼された兵器開発であったというきらいを割引きましても、ね。彼は空襲警報が鳴るのにお構いなしで実験器具を手入れして、それではあまりだということで、彼の首根っこ捕まえて防空壕に引きずり込んでやったことも、度々ありました」
機嫌よくビールを飲みつつ、米屋の主人は相手の弁に感心することしきり。
彼らの窓越しには、須磨の海の景観が提供されている。
なんだかんだで、車窓は一番の酒の肴ではある。
さらに重畳なことに、今日も、瀬戸内地方の天気は快晴。
列車は、桜の咲き始めた山陽路を快走していく。
「随分研究熱心な青年じゃなぁ。(旧制)私学の中学出の私から見れば、石村さんはエリートの鏡ですぞ、いやあ、まじめな話。堀田君からすれば必ずしもそうでないかも知らんが。正にお国のために邁進する研究者の卵、とでも申そうか」
「石村君は実際、そんなところがありましたね。別に思想的にそういう方向でどうこうというのではなく、何ですか、本人に言わせれば、あのアインシュタインと心の中で対話しながら実験に研究に励んでおったとのことですから、ある意味、そこまで来れば宗教レベルではとさえ思えましたね。そういえば、私らの研究室の教授は、若い頃、来日したアインシュタイン氏にお会いしたことがあると、申しておりました」
「アインシュタインと対話ねぇ。アインシュタイン氏は30年ほど前に来日されたことがあると聞いているが、直接お会いした教授さんはともかく、石村さんは直接お会いしたわけでもないだろうに。そんな人に限って、見た目も賢そうだとか?」
「ええ。彼は眼鏡をかけていまして、最初に会ったときは、それこそ天才レベルの奴かとさえ思いました。実際は、天才とはかなりかけ離れていましたけどね(苦笑)」
ここで、年長の紳士が少しばかり話題を変えてきた。
「それほどの人らの集まりの中で、君は研究生活を送ったわけだが、私らのような人間にはついていけない何かを持っている人、存外、いたのではないか?」
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