第4話 海辺を快走する特別急行列車
一方の紳士も、背広の財布から名刺を取出した。
こちらは、まったく落ち着き払っている。
「私は、岡山市内で米屋を営んでおります。元陸軍歩兵大尉の山藤豊作と申します。実家が街中の米屋でして、それでまあ、こんな名前をいただいておる次第でしてね。しかし堀田さんにお会いするとは、奇遇ですな。あの時の学生さんが、ちゃんと生き延びて大学の先生になられるとは。戦死なんかされなくて、本当によかった。あの時は、かなり厳しく言わせていただきましたが、その御無礼はどうか御容赦ください」
「いえいえ、とんでもありません。山藤さんのお言葉、今も忘れられません。私的な怨念で志願して戦場に向かうようなのは志とは言わん! と。しかも、京都に帰ったら帰ったで、教授からは、思いっきり「阿呆!」とどやされましたよ」
「そのお話なら、私のより、教授の𠮟責のほうが、どうやら厳しかった模様ですな」
「た、確かに(苦笑)。憐憫の情で君らを戦地に行かせないのではないと言われて、それから、時間にすれば3分かそこらだったでしょうけど、あの説諭に、我ながらよく耐えられたなと思うほどです。お陰様で、すっかり、目が覚めました」
「私は、そこまであなたを怒鳴りつけたりはしてないと思うけどなぁ・・・」
「いえいえ、山藤さんにたしなめられたのも、十分きつかったですが、あれが前座になるほどの、もう、ねぇ・・・(苦笑)、一世一代、もう一生分の罵倒を受けた気分でした」
「その甲斐、あったのではないか? 命あってこうして立派に教授の道が開かれたのだから。まさか堀田君、京都に残れず岡山に島流しに遭ったなんて思ってないよな」
「思っていませんよ(苦笑)。実家に帰るのは、岡山も京都もそう変わらないです」
「向きだけの問題ってことかな」
苦笑気味に問いかけた元陸軍大尉に、新任助教授が答えるには、こう。
「ええ、まあ、そんなものです」
・・・ ・・・ ・・・・・・・
列車は、次の停車駅・三ノ宮に到着。ここでもまた、いくらかの乗車がある。かもめガールが乗客を座席へと案内していく。ただ、大阪到着時ほどの乗車数ではない。
周りの座席も、ほぼ、埋まってきた。
この列車は、関西から西に向かう特別急行列車なので、京都発。大阪は格別、神戸の中心駅である神戸と、商業の中心地である三ノ宮の両方に停車するわけにはいかない。そのため、下りはこの三ノ宮、上りは神戸に停車することで、当面の解決を図っている。
三ノ宮駅を出た特別急行列車は、天下の神戸駅を軽々と通過し、さらに海沿いの複線の海側を快走していく。
やがて列車は、神戸市から明石市へ入り、明石、西明石と、この市の二大中心駅をも軽々と快適に通過する。
西明石を境に、架線の下を走っていた蒸気機関車は、まだ架線のない複線の幹線を、電化区間同様に軽快に走っていく。
黒い煙も、そう出ない。
この路線のかなりの部分が平坦で、トンネルさえもないから、なおのこと。
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