第3話 かもめガールがもたらした、奇縁


 京都を出発して約30分少々。

 軽快に走ってきた列車は、淀川を越え、大阪に到着した。

 ここでさらに、多くの乗客が乗ってくる。


 門司車掌区の女性車掌、人呼んで「かもめガール」が、乗客を案内している。

 この列車の最後尾であるこの車両は展望車ではなく三等車であるが、後ろには、「かもめ」という文字の入った絵入りの「テールマーク」が掲示されている。

 中には、その「かもめ」の描かれた丸い円盤を背に、記念撮影する人もいる。

 もっとも、今どきのいわゆる「撮り鉄」と言われるような人たちはいない。

 そもそもこの頃、鉄道ファン(マニア)と言われる人はほとんどおらず、つい2年ほど前に、ようやく日本最初の商業鉄道雑誌「鉄道ピクトリアル」が創刊されたばかりである(注:同誌は現在も発売されている。なお、模型関連であれば、鉄道模型趣味という雑誌が少し早く創刊されていた)。


 かもめガールに案内され、彼の隣にも一人の男性客がやってきた。

 ごくごく普通の背広を着た、堀田氏よりはいくらか年長と思われる人物である。

彼は軽く会釈をして、通路側の席に座った。


 大阪を過ぎると、男性の乗客専務車掌が検札に回ってくる。

 隣の客も、どうやら、岡山まで乗車する模様。両者間で、自然、会話が発生した。


「岡山までですね。実は、私も」

 窓側に座った若い男性が、あとから乗ってきた男性に話しかける。

「おたくも、岡山までですかな?」

「ええ。京都大の助手をしておりましたが、この度O大学に赴任が決まりまして」

「私はずっと岡山ですが、軍隊にいた頃は、姫路におりましてな」

「私も実は、出身が姫路です」

「そうですか。ところであなた、O大学に赴任とおっしゃるが、学部はどちらで?」

「理学部物理学科です」

「ほう、理学部の物理学科ですか。私ね、終戦前の夏頃、姫路の連隊におりました。京都大学の学生さんで、それも物理学教室の人が入隊すべく出頭されたのはいいが、大学の先生から電報が来ておって、説得してお引取り願ったことがありました。まさかあなた、その学生さんとは言わないよね。忘れもしない。その人、堀田君って方でした。年齢や雰囲気から察しますに、まさかまさか、あなたが、堀田先生じゃないですよね?」


「え?!」

 びっくりした堀田氏は、赴任先より用意されている名刺を早速取出した。


「は、はい。私、堀田繫太郎と申します。この度、O大学理学部物理学科の助教授で赴任することになりました。あなたのおっしゃるその学生、間違いなく、私です」

 一方の紳士も、背広の財布から名刺を取出した。

 こちらは、まったく落ち着き払っている。

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