3.抜け出した彼、どこへ向かう?

 強い思いにより生還を果たし、警察車両から抜け出した吉上時雄は、とある場所を訪れていた。


 身体能力が大幅に上がった彼にとって、警察の追手を振り切ってここに来るのは非常にやすかった。服装は自宅で死んだ時のままで、靴を履かずにてつもないスピードで走る男を見て通行人達は皆驚いていたが、今はそんなことを気にしていられない。この体の状態がいつまで続くのか、自分でも予想がつかないのだ。


 吉上が足を運んだのは、彼が生前に妻と二人で暮らしていたマンションだ。だが、別に自宅へと戻りたいわけではない。用があるのは別宅、203号室だ。


 彼はそこへ通じるドアの前に立つ。今の彼の力ならば、蹴破ることも不可能ではない。ただ、わざわざそうせずとも、呼び鈴を押せば出てくれるかもしれない。自分が死んだことを知られていなければ、平然と応対してくれるだろう。


 吉上は悔やんでいた。最近引っ越してきたらしいこの203号室の住人の存在に気付いたのは、昨日の深夜のこと。まさか、こんな近くに「完成に至る最後のピース」がいるなんて、露ほどにも思っていなかったのだ。妻は彼らの存在を知っていたようなのだが、「最後のピース」だということまでは理解していなかったようなので、「どうして教えてくれなかった」と彼女を責めるのは筋違いだ。


 願いを込めて、呼び鈴を押す。反応が無い。今日は平日で、家の主人はもう仕事に出かけてしまっているのだろう。ある程度予想はしていたが、その結果に落胆せざるを得ない。


 そこで、吉上は思い出す。昨日、妻が203号室の住人について色々なことを語っていた。


 今は父親一人息子一人の父子家庭だが、もうすぐ再婚して家族が増えるということ。その息子は高校生で、「制服姿が似合う格好良い男の子」だったということ。


 そして、彼が着ていた制服はこの近くの高校のものだった、ということ。

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