4.謎の老人、彼は何者?

 それから、突如として現れた「数字」について、いくつかの事実が明らかになっていった。


 まず、額に数字が浮かび上がってきたのは、どうやら私達だけじゃなかったらしい。スマホでメッセージをチェックすると、私や涼太君の友達のうちの何人かにも、同じ現象が起きているみたいだった。もちろん、数字は様々。「1」とか「118」とか「558」とか。


 また、どうやら「数字」が大きいほど身体能力が高くなっているみたい。私の体でも試してみたけれど、涼太君ほどではないにせよ、走る速度やジャンプ力等が普段よりも高くなっていた。それとは逆に、「1」だった私の友達は体が異様に重くなってしまい、登校できずに学校を休むことになったらしい。


 分かったことはこれくらい。もっと色々と調べたかったけれど、こんな状況でも学校は通常運転だ。一時間目は体育だから、そのための準備をしなくちゃならない。


 学校に着き、更衣室で手早く体操服に着替えた私は、校庭の脇の通路を歩いて授業が行われる体育館へと向かっていく。


 もしかしたら、涼太君の凄いプレ―が見られるかもしれない……いや、どうだろう。急に身体能力が上がってしまったわけだから、体を上手く扱えずにミスを連発してしまうかもしれない。現に、今の私も、無理に走ろうとはせずにゆっくりと歩いている。


 そこで、体操服を着た涼太君が後ろから現れ、私を追い越して歩いていく。目的地は私と同じ体育館だ。


「あの、永浜君?」


 体の調子はどんな感じか確かめようと、どんどん距離を開けていく涼太君に聞こえるように、私はやや大きな声で呼びかける。もうすぐ義理のきょうだいになるというのに、なかなか下の名前で呼べない。心の中ではいくらでも言えるのに。


「……んっ? どうした?」


 それに反応して、涼太君は振り返る。いつも通りの涼しげな雰囲気だ。「9916」という額の数字も、前髪に隠れて見えない。走ったりジャンプしたりして自身の身体能力の高さを誇示するようなこともない。


 しかし、そんな平然とした様子は数秒も持たなかった。涼太君は何やら不審な物を見るような目付きでにらみ始める。その視線が自身に向けられたものではないことに気付いた私は、ゆっくりと後ろを振り返った。


 数十メートルほど離れた位置に、見知らぬ一人の男性が立っていた。


 髪の毛が非常に薄く、顔には深くしわが刻み込まれている。やや猫背気味で、年齢はおそらく80歳くらい。ベストに長ズボンという出で立ちで、「街を散歩するそこら辺の高齢者」といった感じ。


 ただ、ここは高校の敷地内だ。先生といった雰囲気でもない。足元に目をやると、靴下のみで靴を履いておらず、知らず知らずのうちに迷い込んでしまったようにも見える。


 そのタイミングで、もう一人の男性が近くの校舎の出入り口から姿を現した。男子の体育を担当するかつら先生だ。身長は涼太君よりもさらに大きい190cm。筋骨隆々でまさに「体育会系」といった雰囲気だ。


 先生の方も彼の存在を不審に思ったのか、「私達」と「謎の老人」の間に立って声をかけようと近付いていく、その瞬間。


 謎の老人が、私達に向かって急に走ってきた。その見た目からは想像できないほどの俊敏な動きで、先程の「横断歩道を渡る涼太君」を彷彿ほうふつとさせるものがあった。


「おい! 何をする気だ!」


 両者の間に立っていた桂木先生が、彼を取り押さえる。体格では明らかに先生の方が勝っており、そのまま終了……とはならなかった。


 なぜなら、謎の老人が自分より一回りも二回りも大きな相手を、いとも簡単に投げ飛ばしてしまったから。結果として、桂木先生は校庭にたたき付けられてしまう。


 強そうに見えない人が、有り得ないほどの力を内に秘めている。フィクションの中でしか目にしたことのないような現象が、今ここで確かに巻き起こっているんだ。


 ともかく、このまま突っ立っていたら、次の被害者は私達かもしれない。


 ほぼ無意識のうちにそう感じ取った私と涼太君は、すぐさま近くの体育館へと逃げ込んでいった。

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