2.義理のきょうだい、それは微妙な関係?

 私はいちあかり、高校一年生。現在、通学路を歩いている最中だ。


 もうすぐ始まる新生活のことを思うと楽しみで仕方なかった。そのことを考えていたせいで昨日はよく眠れなかったけれど、なぜか体が軽い感じがするので大して問題は無い。


「あっ、おはよう! こんなタイミングで会うなんて、偶然だね」


 曲がり角の近くに来たところで、とある一人の男子生徒が姿を現したので、私は彼に声をかける。


「……おはよう。朝から、テンション高いな」


 低い声でそう返事したのは永浜ながはまりょう。私のクラスメイトだ。いや、正確には、もうすぐただのクラスメイトじゃなくなる。


 なぜかと言うと、私達はもうすぐ親同士が再婚して、義理のきょうだいになるわけだから。


「再婚するの、今日か?」

「そうだよ! 何でも、二人が知り合った日を結婚記念日にしたいんだって!」

「そんなの、別にどうでもいいと思うけどな」

「いや、でも、夫婦っていうのは、そういうのが大事だと思うの」


 涼太君はその名前通り涼しげな雰囲気で、横を歩く私に目をくれることなくゆっくりと話し続ける。こちらが彼の姿を見上げながら早口でしゃべっているのとは対照的だ。


 はっきり言って、私は涼太君のことが好きだ。


 180cmを超える長身。切れ長の目。少し目が隠れるくらいの無造作なヘアスタイル。趣味は喫茶店巡りだとか。


 同じクラスになって初めて会った瞬間に一気に恋に落ちた。あれはまさにひとれというもの。ただ、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していたため、確かな思いがありながらも、私はなかなか声をかけることができなかった。


 そのせいか、色々と妄想は広がるばかりだった。私と涼太君がファンタジー風の世界に転生して、剣術や魔法等を駆使しながら二人で様々な危機を乗り越えつつ魔王を倒し、世界に平和をもたらす……みたいなストーリーを思い描いたことすらある。


 なので、一か月くらい前にお母さんから「涼太君のお父さんと再婚する」と知らされた時は大いに舞い上がった。多分、私の一生の中でこんな素晴らしい偶然はもう二度と訪れないと思う。


 それをきっかけとして、私は涼太君に色々と話しかけられるようになった。「もうすぐ一緒に暮らすんだから、慣れておいた方が良いでしょ?」と分かりやすく理由を付けて。


「何か手続きとかそういうのが色々あるから、私達が永浜君の住んでいるマンションに引っ越すのは、もう少し先になるんだって」

「知ってる。父さんから聞いたし」


 涼太君は相も変わらず素っ気ない感じだ。多分、単に「新しいきょうだいができた」くらいにしか思っていなんだろう。


 だけど、諦めるつもりはない。一つ屋根の下で過ごすようになったら、「一緒に料理をする」みたいな共同作業を行う機会が来るかもしれない。そうやって少しずつ距離を縮めていきたいんだ。もう、わざわざ転生する必要なんて無い。


 と、そのタイミングで、涼太君が前触れも無くこちらを向いた。そして、間髪入れずに手を伸ばし、私の髪を素早くかき上げる。


 突然の事態に、私の胸は高鳴った。「少しずつ」やっていくはずだったのに、涼太君の方から急に詰め寄られると、どう反応したらいいのか分からなくなる。


「少し見えたから、まさかと思ったけど……そっちもか」


 ドキドキしながら次の行動を待っていた私の耳に、予想もしていなかった言葉が飛び込んできた。「そっちも」って、一体どういうこと?


「ほら、俺もなんだよ」


 涼太君は私から手を離し、今度は自分の髪をかき上げて額を露出させた。


 そこには、「9916」という数字が黒く刻み込まれていた。あまりにも整っていて、まるで、生まれた時から備わっている刻印のようにも見える。


「そっちの額にも、付いてるぞ」

「えっ、本当?」


 家を出る前に、身だしなみを整えようと鏡で自身の顔を確認したけれど、そんなものを見た覚えは無い。とはいえ、涼太君がうそをついているとも思えないので、私は近くにあったカーブミラーで額の辺りを確認する。


 涼太君の言う通り、私の額には「7041」……いや、違う。左右反転して映っているから、これは「1407」だ。先程まで影も形も無かった模様が、我が物顔で顔の上部を支配している。


 試しにその数字をこすってみるけれど、一向に消える気配が無い。あまりにもファンタジックな出来事だ。いくらこの私でも、突如巻き起こった謎の現象に対して戸惑わざるを得なかった。


「さっき、近くのトイレの鏡で確認したら、俺もこうなってた」


 涼太君はいつも通りのテンションで私に語りかける。言葉だけでは分からないけれど、もしかしたら、彼自身もそういった体の変化に面食らっているのかもしれない。


「……このままだと、遅れるな。行くぞ」


 と、思いきや、涼太君はあくまでも平然とした雰囲気で、普段通りのタスクをこなそうと学校へ向かっていく。


 私達の体に起きた変化はあまりにも不可解だ。かといって、何かができるわけでもない。涼太君にとっては「体が痛いわけでもないし、すぐ対処すべきことではない」物事なんだと思う。実際に、この私も、数字が浮かび上がってきたこと以外に体に大きな変化があるわけじゃない。


 いや、でも、普段よりも何だか体が軽いような……


 そう思いながら前を向くと、涼太君が横断歩道を渡ろうとしていた。歩行者用の信号機は青色が点滅しており、赤になるまでに渡り切ろうと走り始める。


 そこで、私はとんでもない光景を目撃してしまった。


 涼太君の走行速度が常軌を逸していたんだ。世界記録を持つ短距離ランナーでも太刀打ちできないくらいの勢いで、まばたきをするうちに横断歩道を渡り切ってしまう。


 日常的な風景の中に突然現れた異常事態を、私を含めた周りの通行人達は呆然ぼうぜんとしながらただ眺めることしかできなかった。


「これは……?」


 急ブレーキをかけて動きを止めた当の本人も、戸惑いを隠せない様子だった。

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