第29話

 騎竜の引受に必要な購入証明書を受け取ってから、俺はフラヴィアの家を後にした。

 その後は真っ直ぐに馬車乗り場に向かい、ドラリオン行きの乗合馬車に乗った。


(揺れるし、ケツがいてぇな)


 ガタガタと音を立てて走り出す馬車。

 騎竜の快適さを知っていただけに、その乗り心地は微妙だった。

 とはいえ、他に移動手段も無いので諦めるしかない。

 自前の騎乗マウントアイテムを手に入れるまでの辛抱だ。


(ま、他の客が少ないだけマシか)


 幸いな事に俺以外の乗客は一人だけだった。

 何せ御者NPC曰く、ドラリオンの街に着くまではゲーム内時間で5時間もかかるらしいからな。満員じゃなくて良かったと心底思う。


「ねぇ……」

「へ?」


 暇つぶしがてら景色を眺めていると、不意にもう一人の乗客から声をかけられた。

 その声に聞き覚えがあった俺は、改めて同乗者に目を向けた。

 俺と対面するように座っていたのは薄紫の髪を無造作に垂らした少女だ。

 生白い肌と覇気の無い瞳。不健康そうってのが第一印象だった。


「ダークネス……?」


 初めて見る顔だったが、声色からすぐに誰なのかわかった。

 この声は間違いなくダークネスだ。

 中性的な声とは思っていたが、まさか女だったとは。


「嬉しいな……覚えててくれたんだ」

「まぁ、戦った中で一番強かったしな……つか女だったんだな、お前」

「くふふふ、生物学上はね……」


 意味の分からない補足を付け加えるとダークネスはニタっと笑った。

 相変わらず不気味な笑い方だなコイツ。顔は可愛いのに台無しだよ。


「ところで、お前もドラリオンに行くのか?」

「うん……ドラリオン近郊で盗賊団が出るって……それの討伐クエスト」

「へぇ、盗賊団なんてのもいるのか」


 お約束と言えばお約束だが心配だな。

 これからレアな騎乗アイテムを引き取りにいくってのによ。

 あまり面倒な事に巻き込まれなきゃいいが。



「……でね、闘技場で有名になれば……注目されるかなと思って……ボク、影が薄いから……」

「ふーん……」


 馬車に揺られ始めてからあっという間に3時間が経過した。

 その間もダークネスがずっと話しかけてくるので、適当に相槌を打って聞き流していた。

 とにかく誰かと話したかったようだ。

 見るからに友達いなさそうだもんなコイツ。


『お前も友人と呼べる相手は一人しかいないだろ……』


 うるせーやい。0と1は大きな違いなんだよ。


「くふふ、でね、でね……」


 ほとんど一方通行の会話だが、それでも彼女はとても嬉しそうだ。

 終始ニヤニヤしながらPvPを始めた経緯や最近あったことなどをひたすらに語り続けていた。


「そ、そうだ……決め台詞とか言おうかな。そしたら……みんなの印象に残ると思うんだよね……」

「あー……まぁ、いいんじゃね?」


 俺が適当に肯定するとダークネスは「くふふ」と気色悪い笑みを浮かべた。

 何だか妙なヤツに懐かれた気がするな……。


「……ふぎゃっ⁉」

「おっと……」


 突然、急停止する馬車。

 慣性によって席から跳ね飛ばされそうになるダークネスを俺は受け止めた。


「大丈夫か?」

「……ひゃ、ひゃい」

「そりゃ良かった。それにしても酷い運転だな。酒でも飲んでんのか?」


 不満を吐露するとマモンがカチャカチャと刀装具を打ち鳴らした。


『いや、そういうわけじゃ無さそうだぞ』


 言われてみれば、何やら外が騒がしいな。

 何事かと思った刹那、御者NPCが大声で叫んだ。

 

「と、盗賊だ! 囲まれてるぞ⁉」


 ものの見事にフラグ回収しちまった。

 まさかダークネスのクエスト対象である盗賊団と、ここで遭遇する羽目になるとはな。


「げへへ、貧弱そうな男にガキか。今日はツイてるな!」


 外に出るとザ・盗賊と言った風貌の男たちが馬車を取り囲んでいた。

 その人数はざっと数えて30人ほどだ。馬車一つを襲うにしてはやけに大所帯だな。

 商業馬車じゃねぇから金になるような積荷だって無いのによ。


『こいつらは最初からプレイヤーを襲撃するつもりなのさ。NPCと較べて裕福だからな、お前ら』


 マモンの説明を聞いて俺は納得した。

 最初からプレイヤーを相手取る想定で頭数をしっかり揃えてきたっつーわけだ。


「つか合計ステータス1800超えが数人いるな」


 おまけに盗賊どものステータスは思ったより高かった。

 人数も相まってそこらの中堅プレイヤーでは歯が立たないレベルだ。

 わざわざ討伐クエストが発生するのも頷ける。


 ま、俺たちには関係無いけど。


「ほれ、お前のクエストだろ。それとも手伝おうか?」


 遅れて外に出てきたダークネスに俺は社交辞令的に問いかけた。

 この盗賊共は彼女のクエスト対象だ。望まれない限り介入はしない。

 魔獣と違って倒しても旨味は少なそうだしな。


「くひひ、大丈夫……」


 ダークネスは不気味に笑いながら答えると、まるで鞭を振るうような動作で腕を振った。

 その次の刹那──盗賊が二名ほど首から血を吹き出して倒れた。

 一撃で絶命に至ったのか、その身体が光の粒となって消えていった。

 へぇ、NPCも死ぬと光の粒になるんだな。そういう世界観か。


「ひィっ⁉ な、何だッ⁉ 何が起こったんだ⁉」

「クソッ! 魔術士か⁉」


 俺が呑気な感想を頭に浮かべている傍ら、盗賊たちは慌て始めていた。

 つか初めてダークネスと相対するヤツは、みんな同じ反応するんだな。

 やっぱ不可視のソウルギアってズルくね?


「お前ら一斉にかかれ! 詠唱させるな!」


 案の定ダークネスの事を魔術士と思い込んだ盗賊たちが、それぞれ武器を振り上げて一斉に飛びかかってきた。


「くひっ……【瞬影シャドウブリンク】」


 ダークネスの姿が忽然と消えた。

 攻撃目標を見失い、戸惑う盗賊たち。

 動揺する彼らの背中を、不可視の刃が次々と突き刺した。


「がはッ⁉」「ぎゃッ⁉」


 一人また一人と。盗賊たちは悲鳴と共に光の粒子となって消えていく。

 彼女が盗賊団を殲滅するのに5分とかからなかった。

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