第30話

「くひっ、コレでよしと……」


 盗賊共の大半を殺したダークネスだったが、なぜか一人だけ殺さなかった。

 唯一生かされたソイツは馬車の備品と思しき手綱で縛り上げられた。


「なんでソイツだけ生かすんだ?」


 ひと仕事終えたといった表情を見せるダークネスに俺は疑問をぶつけた。

 これは純粋な疑問だ。悪党だからと言って皆殺しを推奨しているわけじゃないからな。

 もっとも、この男の善悪値は-120もあるので生かすのも微妙だけど。


「くふふふ、情報を引き出すためだよ。クエスト概要によると、かなり大きな組織みたいだから……」

「あぁ……盗賊団の根城に向かうための切符ってわけか」

「くふっ、そういうこと……」


 よくよく考えれば30人もの頭数を揃えるって相当だもんな。

 それなりの規模で組織化されているに違いない。


「ケッ……無駄だ。アジトの場所は絶対に吐かねぇからな」


 俺たちの会話を聞いていた盗賊の男が吐き捨てるように言った。

 その瞬間、視えない何かが男の足に突き刺さった。


「ぎッ⁉ い、痛ッ……⁉」

「くふふふ、言ったほうが楽に〝昇華〟できると思うけどなぁ……」

「ひっ……」


 苦痛に身悶える盗賊に向かって、ダークネスは不気味に微笑んだ。

 その笑みに相当な恐怖を感じたらしく男は小さな悲鳴をあげて縮こまった。


 男がビビる気持ちは理解できなくもない。

 なんか得体の知れない恐怖があるんだよな、コイツ。

 

 ちなみに〝昇華〟ってのは、死んだ魔獣が光の粒子になる現象を示す用語だ。

 NPCも死んだら光の粒子になるというのは、さっき確認した。

 つまり、〝昇華〟ってのは万物の死に対して共通で使う言葉なんだろうな。 

 

「そういうわけだから、オジサン……この人乗せてもいい?」


 男が黙ったところでダークネスは御者の男に訊ねた。


「あ、あぁ……! 大丈夫だ。あ、ありがとよ、魂装士アニマのお嬢ちゃん」


 呆然としていた彼だったが、ダークネスに声をかけられてハッと我に返る。それからすぐに了承の意とぎこちない謝意を彼女へと伝えた。




 それからまた2時間ほど馬車に揺られ、ようやく俺はドラリオンの街に辿り着いた。

 第一印象としては長閑な田舎町といった具合だが、騎竜の生産地で有名らしく活気もそれなりにあった。


 ちなみにダークネスは街に着く前に途中下車していった。

 彼女は街には寄らずに、そのまま盗賊団のアジトを潰しにいくようだ。


「さてと、まずは仲介所に行かねーとな」


 俺はマップが示す位置情報を確認しながら騎竜の仲介所へと向かった。



「申し訳ありません……実はつい先日、牧場が盗賊団の被害に遭いまして……。お預かりしていた騎竜は全て盗賊に奪われてしまったんです」

「……は?」


 仲介所で証明書を提示したところ、受付のお姉さんから衝撃的な事実を告げられた。

 おいおい、ここまで来てそれはないだろう。

 移動に費やした時間をいったいどうしてくれんだよ。

 言っとくが5時間もありゃウルちんのアーカイブ配信3本は見れるんだぞ?

 ふざけんな。


「わざわざ遠方からお越しいただいたのに……本当に申し訳ありません」


 不満が表情に出ていたのか、受付のお姉さんはもう一度深々と頭を下げた。


『あまり責めてやるなよ。お前も盗賊団のステータスを見ただろう。あれに対処しようとなると、それこそ騎士団でも連れてくるレベルだ』


 俺の苛立ちが伝わったのか、マモンがカチカチと刀装具を鳴らした。

 言われてみれば、確かにその通りだ。

 あの人数、あのステータスの悪党から資産を守るとなると一筋縄ではいかない。

 

「……それじゃ俺の狼疾竜ウルフェンはどうなるんだ?」


 俺は気持ちを切り替えて、今後の対応について訊ねた。


「基本的には代替の竜を提案しておりますが、狼疾竜ウルフェンとなるとそうはいきません。恐らく返金になりますね……」

「もし別の狼疾竜ウルフェンを買い直すとしたら?」

「繁殖竜まで奪われましたから、少なくとも年単位でお待ちいただくことになるかと……」


 申し訳無さそうに答える受付のお姉さん。

 その回答を受けて、俺は思わず身体を震わせた。

 いや、この人は悪くない。悪いのは他人の所有物を奪う盗賊団だ。


「……せねぇ」

「あの……お客さま……?」

「あいつらマジで許せねぇッ!」

「ひゃっ……」


 怒りのあまり、俺はカウンターに拳をドンと叩き付けた。

 それから怯える受付のお姉さんに向かって俺は問いかけた。


「なぁ……」

「は、はい……何でしょう?」

「その盗賊団の根城にちっとばかし心当たりがあるんだ。もし奪われた騎竜を取り返せば、そのまま引き取って構わねぇよな?」

「は、はい、それはもちろん……むしろ他の騎竜も奪還していただけるのであれば、損失の50%相当を謝礼としてお支払いいたしますが……」


 お姉さんの言葉を聞いた途端、視界の端にクエスト内容の更新を知らせるログが流れた。

 なるほどな。どういう理屈でシステムが予測してるのかは知らねぇが、このも含めてクエストってわけかよ。


「よし、なら決まりだな。奪われたもんは全部俺が取り返してやる」


 俺はそれだけ告げた後、システム画面からフレンドリストを開いた。

 そこに追加されたばかりの彼女──ダークネスの名前を選択すると、プライベートメッセージを作成した。


 ヤツに送りつける文面はこうだ。


『盗賊退治に俺も混ぜろ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る