第23話

 覇魂の闘技場に参加してからあっという間に数時間が経過した。

 視界に表示されたスコアボードを眺めながら俺は控室で待機していた。

 

 プレイヤーネーム:ケイ

 本日の戦績:10勝0敗0引き分け


 これが今の俺の戦績だ。

 記念すべき初勝利を収めた後も順調に白星を重ねた俺は既に10連勝していた。


『クク、初日で10連勝か……やるじゃねぇか。このままいけば日間獲得レート1位になれるんじゃないか?』

「まぁな。そんなことより、この待ち時間はどうにかなんねーのか?」


 数時間が経ったというのに、たったの10戦しかできていない事に苛立ちを覚えた。

 その原因は明白で、試合の合間合間に別のプレイヤーの試合も挟むからだ。

 ぶっちゃけマッチメイキングが遅いのはゲームとしてどうかと思う。


『理由はさっきも説明したろ? 試合数が減る分1試合で獲得できるレートにボーナスもつくんだからいいじゃねぇか』

「へいへい、わかってるって」


 マモンいわく、これは意図的な仕様らしい。

 勝者へ潤沢な報酬を渡すためには現地観客であるNPCの盛り上がりも重要なのだが、彼らにとって闘技場は実在する施設である。なので収益性に繋がるとシステムが判断した試合に限っては、現実の格闘技試合さながらの形式で進行していく仕様なのだ。


 とはいえ、本作は同時接続人数が億を超える超人気ゲーム。当然ながらコンテンツとして成立するように工夫もされている。

 収益性が低いと判断された有象無象の試合はマッチ毎に複製インスタンスフィールドの会場が生成され、そこで何百試合も消化されているわけだ。


『それでは次の試合にいっちゃいましょぉぉ! お次は圧倒的な実力で瞬く間に10連勝を成し遂げた期待のルーキー! ケイ選手なのですっ!』

『ほら、文句を言っている間にマッチが決まったぞ』

『対戦相手は、影剣のダークネス選手なのですっ! とうとうトップ100に属する選手とマッチし始めたケイ選手ですが、果たして彼に勝ち目はあるのでしょうか……!』


 不満を垂れている間に次のマッチが決まったようだ。

 すっかり慣れた転移の光に俺は身を任せた。



「……君がケイってひと?」


 転移して早々に対戦相手が話しかけてきた。

 真っ黒な装束に全身を包んだ痩せ細った人物だった。

 何だか薄気味悪いヤツだな。顔は目の部分以外隠されてる上に声色も中性的なので性別すらわからん。


「ああ、そうだけど……つか、わざわざ答えるまでもねーだろ。今さっき紹介されたばかりなんだから」

「くふふ、そっか……確かにそうだね……くふふふふふ……」


 何が面白いのか、マスクの奥で不気味な笑い声を響かせる黒装束のプレイヤー。

 前言撤回。薄気味悪いヤツじゃなくて、死ぬほど気色悪いヤツだった。


『何だかお前に似てるな』

「お前なぁ……主人を馬鹿にするのも大概にしろよっ⁉」

『いや、馬鹿にしてないぞ? 実際、お前の笑い方はあんな感じだ。ウルちんとやらについて語ってる時とかは特にな』

「……」


 ちょっとだけ心当たりがあったので、それ以上は何も言い返せなかった。

 それはさておき、コイツのステータスも見ておくか。

 俺はそっと【鑑定眼】を発動させた。


 プレイヤーネーム:ダークネス

 所有ソウルギア:影剣

 STR:432

 VIT:568

 DEX:856

 AGI:511

 INT:758


 ステータスを見る限りだと魔法型に見えなくもないが……。

 ソウルギアには剣の文字がついている。

 この情報ではヤツの戦闘スタイルがさっぱりわからない。


 何れにせよ、合計ステータスは3000を超えているのだ。

 一筋縄じゃいかないことは確かだろう。


 ちなみに【鑑定眼】では、ソウルギアの詳細までは確認できない。

 一部の情報はステータスが一定以上格下の相手でないと確認できないのだ。


『それでは試合開始っ! なのですぅ!』


 あまり有用な情報は得られないまま、俺とダークネスの試合が開始された。


(AGIは俺の方が有利……ならッ!)


 先手必勝とばかりに俺はダークネスとの距離を詰めた。

 やはり攻撃時のAGI上昇効果は優秀だ。

 相手にソウルギアを顕現させる暇も与えず、その間合いに入り込んだ。


「もらったッ!」


 赤黒いエフェクトを描きながら、俺はヤツの胴を切り裂かんとマモンを振り下ろした。


「くふふ……」


 だが、その刃がヤツの身体に食い込むことはなかった。

 俺の剣撃は見えない何かによって弾かれたのだ。


「ちっ⁉ なんだ魔法か⁉」

『いや、違う! これはだ! 切り刻まれたくなかったら間合いを取れ!』


 マモンが叫ぶが、反応が遅れた。

 ダークネスが何かを指揮するような動作を見せたかと思えば、次の瞬間には突き刺すような痛みが全身を襲った。


『あわわわっ⁉ 高いAGIを活かして先手を取ったケイ選手ですが攻撃は失敗ですう!  ダークネス選手の反撃を受けちゃいましたっ⁉』


 この痛みは俺がダメージを負ったということに他ならない。

 追撃を避けるため俺はすぐさまダークネスとの距離を取った。


「ちっ、今の攻撃はなんだ……⁉」

「あれはソウルギアによる攻撃だ。姿かたちこそ目に視えないが実体は確かにあるぞ』

「つまり、視えないソウルギアってことか⁉ んなもんチート過ぎんだろ⁉」

『ソウルギアってのはそういうモンだ。所有者の魂次第で不可視の魔剣にもなり得る。それより戦闘に集中しろ。仕掛けてくるぞ!』


 俺は攻撃に備えて身構える。対するダークネスはその場から動くことなく、先ほどと同じように腕を振るった。


 ──刹那、俺の右肩と脇腹を刃物のようなものが抉った。


「ぐう……痛ッ……!」


 まさかの遠距離攻撃。不可視の攻撃を剣で受けるのは難しく、防ぐことができなかった。

 このままでは一方的にボコられて終わるだけだ。


「くふふふ……すごいでしょ? これがボクの〝影剣〟さ」

「はッ! 余裕かましやがって……【黒欲舞刀フレキスヴァルト】ッ!」


 不気味な笑い声を出すダークネスに向けて、俺は黒の斬撃を放った。

 だが、またしても視えない何かに弾かれて、斬撃が霧散する。


 俺は続けざまに【黒欲舞刀フレキスヴァルト】を発動させた。

 無数に放たれる漆黒の斬撃。流石に数が多いと判断したのか、ダークネスは回避行動を挟みながらも、それらを不可視の攻撃で迎撃していく。


「くひっ……いいな……派手なスキル、羨ましい!」

「あぁ、そうかよ。だったらもっと派手なのもくれてやらぁ!」


 俺は斬撃を放ちながら、もう一つのスキルを発動させた。

 発動すると同時にマモンの刀身を蒼い雷光が奔った。

 雷光は空中で一箇所に集中していき、青白く光る雷球へと変化した。


「【滅雷】ッ‼」


 解き放たれる無数の雷撃。

 不可視のソウルギアは確かに強力だが、この範囲攻撃には対応できまい。

 大ダメージを確信した、その刹那──


「くふっ……【瞬影シャドウブリンク】」

「は?」


 ダークネスの声が──なぜかから聞こえた。

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