第7話

 クエストを受注した俺は、大通りの門を抜けて街の外へ出た。

 そこから森に向かって歩き出す。


 街道沿いの平原では初心者と思しきプレイヤーたちが、キノコやウサギ型の魔獣を相手に戦っていた。

 鑑定したところ、みんなステータス合計が200未満だ。

 やはり最初はみんなこんなもんで、俺が特別なのだろう。

 ま、買い切り型のゲームでいきなり50万円もの大金を課金させられたんだ。特別でなきゃ逆に困るんだがな。


『先に言っておくが、街から一定距離離れるとPKプレイヤーキル可能エリアだ。そこそこ金やアイテムを持ち始めた中級プレイヤーは特に狙われやすい。覚えておけ』

「そう言えばそんなシステムもあったな。なんだお前、俺の事を心配してくれてるのか?」

『馬鹿言うな。この俺様がいるんだからな! 出食わしたら返り討ちにして根こそぎ奪えという意味だ。名声も上がって一石二鳥だぞ!』

「……あー、そういうことかよ。確かレッドネームが表示されんだよな?」


 アキラから耳にタコができるほど忠告されたからな。

 初心者のうちは名前が赤く表示されたヤツらに注意しろ、ってな。


『それは一度捕縛されて犯罪歴が記録されたヤツだけだ。誰にもバレずに殺し回ってるヤツは判別できない。だからPKエリアで出会ったプレイヤーは信用するな』

「そうなのか。めんどくせぇな」

『お前には良いスキルを与えただろう。とりあえず【鑑定眼】を使っておけばいい。それでだいたい分かる』


 それもそうか。

 このスキルなら善悪値や関係性はもちろん、相手の力量まで判別できるしな。

 つか、そう考えると【鑑定眼】って、ぶっ壊れスキルじゃね?

 嬉しい反面、ゲームが崩壊しないか心配しちまうぜ。


のお前より強い相手は腐るほどいる。それくらい大したことないだろう』

「……今ってことは、そのうち超えれんのか?」

『対価さえ支払えばな。そうだな……4000万もあれば十分な力を与えてやれるぞ?』

「アホか。んな大金持ってねーよ」


 くだらない会話をしているうちに森へ到着した。

 視界の端のミニマップには『アルカス森林』という名のエリア名が表示されている。


「ここがシルキーウルフの生息地か。とりあえず適当に進んでりゃ出てくるだろ」


 俺は足元の草木を切り払いながら、ずんずんと奥へ進んでいく。

 覚醒したマモンの切れ味は凄まじく、少し太めの枝もスパスパと切れた。


「おぉ! 切れ味いいな、お前。流石は50万円の剣だぜ!」

『おい! 俺様を草刈り鎌にするんじゃねぇ!』

「あ? こっちは50万円も払ったんだ。好きに使わせろよな」


 憤慨するマモンを適当にあしらって俺は突き進んだ。


「お? アレじゃないか?」


 森に入ってから30分ほど経った頃。

 俺はようやく狼の群れと遭遇した。

 白い毛並みが美しい大型の狼だ。


「〝鑑定〟……」


 念の為に【鑑定眼】を発動させたが、結果は予想通りだった。

 この白い狼こそが、お目当てのシルキーウルフだ。


『『ガルッ‼ グルルルッ……‼』』


 白狼たちは、既に俺の存在に気付いていた。

 ま、当然と言えば当然だな。

 あれだけガサガサと音を立ててたんだし。


「とりあえず全部倒すか」


 毛皮のドロップ率が不明だからな。

 ぱっと見で10頭以上いるが、全部倒して損はないだろう。

 俺はマモンを携え、群れのど真ん中に飛び込んだ。


『ギャインッ⁉』


 まずは1頭。間合いにいたヤツの首を撫で落とす。

 白狼の巨体が粒子となって消えていった。


『『ガルルッッ‼』』

「はッ! 威勢がいいな! 手間が省けて助かるぜ!」


 同胞の死によって敵対値ヘイトが高まったのか、白狼たちが次々に飛びかかってきた。

 俺は飛び込んでくるヤツらの牙を避け、お返しとばかりにマモンで薙ぎ払う。

 一頭、また一頭と。狼たちは光の粒子となってその生命を散らす。

 その残滓を俺は剣風で蹴散らした。

 まさに怒涛の勢い。

 それから群れを殲滅するまで、数分とかからなかった。


『アイテムを獲得しました:白絹狼の牙✕2』

『アイテムを獲得しました:白絹狼の爪✕7』

『アイテムを獲得しました:白絹狼の毛皮✕2』

「ちっ……思ったよりドロップ率が悪いな。物欲センサー働き過ぎだろ」


 最悪だ。この手の収集クエストで一番嫌なパターンを引いちまった。

 おまけに結構な確率で起こるんだよな、くそ。

 少し苛立ちを覚えつつ、俺は新たな討伐対象を探し始めた。


『シルキーウルフは縄張り意識が高い。少なくとも近場に別の群れはいないだろうな』

「うぇ、マジかよ。すぐ終わると思ったのによ……」

『ふんっ、この俺様を粗雑に扱うからバチが当たったんだ……っておい! 言ってる傍から草刈りするんじゃねぇ!』

「うるせぇ、こうした方が早く進めるだろ。サクッと終わらせて配信見るんだよ」


 剣で道を切り拓く。

 それを文字通りに体現しながら、俺は森のさらに奥へと進んだ。



 ◇



「……ここにもいねぇな」


 先ほどの戦闘から、さらに1時間が経過した。

 マモンが言ったとおり、俺は未だにシルキーウルフを見つけられずにいた。

 既に森林エリアの40%程度のマッピングが完了しているってのに。


『……おい、何か近づいてくるぞ』

「あん?」


 半ば投げやり気味に草を切り散らしていると、マモンがそんな警告を発した。

 そう言われると、何やらガサガサと森を駆け回るような音が聞こえるな。

 俺は草刈りをやめ、剣を構え直して警戒する姿勢を取った。


 ──しばらくすると、音の主が樹木の影から飛び出してきた。


「お、女の子……?」


 姿を見せたのは、弓を手にした少女だった。

 頭上にNPCを示す紋章はない。

 つまり彼女は魂装士アニマ──プレイヤーということだ。

 少女は俺の姿を見るや否や、ぜいぜいと息を切らしながら叫ぶように言った。


「はぁはぁ……! あっ……? あ、あの……助けてください!」

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