第6話

「ちょっと、そこのアンタ」


 少し歩くと、中年の女が俺に話しかけてきた。

 その頭上には緑色の紋章が表示されている。これは彼女がNPCであることを示すマークだ。


「え、あ、俺?」


 返事をしながら俺は【鑑定眼】を発動させた。

 すると視界の端にウィンドウが表示され、彼女のステータスが表示された。

 女性の名前はミモザ。この街で商店を営んでいるらしい。

 名前の次は〝善悪値〟と〝関係性〟を確認しておく。

 これはそのキャラクターの善悪傾向と俺に対する関係性を示す項目である。

 この中年女に関しては、善悪値が『+20』、関係性は『中立』と出ていた。


(悪い人じゃなさそうだな)


 特に警戒する必要がないことがわかり、俺は安堵した。

 わざわざ鑑定した理由は、このゲームのNPCがAIによる自我を持つためだ。

 要するに、NPCとはいえ必ずしも友好的とは限らないのである。


「見たところ魂装士アニマだろ?」

「アニマ?」

「その腰に下げた剣を見ればわかるさ。そんなのを持つのは魂装士アニマだけさね」

「剣……? ああ、そうだな。確かそんな設定だった」


 耳慣れない単語に一瞬はてなが頭に浮かんだが、中年女がマモンを指差したのを見てすぐに理解した。

 チュートリアルのクリスタル曰く、NPCはプレイヤーを区別できるらしい。その呼称が魂装士アニマってわけだ。


「それで用件はなんだ?」

「ちょっと頼みたいことがあってね。街の外の森でシルキーウルフを狩って、その毛皮を持ってきてほしいんだよ」


 中年女が俺に告げると、視界の端にウィンドウが表示された。


<ミモザのお願い①>

 受注条件:基礎ステータス合計値700以上

 達成条件:シルキーウルフの毛皮3枚の納品

 報酬:80シルバー、名声ポイント40

 説明:ミモザは近々成人する娘に毛皮のストールを贈ろうと考えている。彼女にシルキーウルフの毛皮を持っていこう!


 どうやらクエストの依頼みたいだ。

 こんな風にNPCの日常生活や願いからクエストが生成されるんだな。


(これって割に合うのか?)


 俺にはアキラから仕入れた事前知識しかないため、あまり良し悪しの区別がつかない。

 そこでマモンにこっそり尋ねた。


『報酬は適正だな。塔から出た初心者への依頼としては高難易度だが、お前なら問題ない』

(そうなのか?)

『受注条件を見ればわかる。お前は既に俺様を一段階覚醒させたからな。中級者向けのクエストでちょうどいいのさ』


 受注条件は……基礎ステータス合計値か。

 このゲームにはレベルの概念がない。その代わりソウルギアの強化によって基礎ステータスが上昇する仕様だ。それでクエストの難易度もステータスに依存するわけだな。

 基礎ステータスの種類は5種類あって、STRが筋力、VITが体力、DEXは器用さでAGIが敏捷、INTが賢さだったかな。

 これらの基礎数値をベースにして、HPやMPの総量、攻撃力や防御力が決まる。このあたりの仕様は、よくあるMMORPGと同じだろう。


 ちなみに俺のステータスの合計は1600ほどである。

 ただし、それがどのくらいの強さなのかわからない。

 そんなわけで、試しに道行くプレイヤーへ【鑑定眼】を使ってみた。


(合計で100ちょっとか。確かにこのクエストは初心者向けじゃないな)


 表示された数値を見て俺はマモンの言葉に納得した。


「それで、受けてくれるのかい?」

「時間がかかりそうか? 22時にウルちんの定期配信を見なきゃなんねーからな。所要時間次第だ」

「森はそこまで遠くないさね。アンタほどの魂装ソウルギアを持つ男なら6時間もかからないと思うよ」


 俺は中年女が示した時間を頭の中で変換していく。

 ソウルブレイド内の時間は現実の3倍早く進むから、現実時間で2時間くらいか。

 そして現在の現実時間は18時。特に問題なさそうだな。


「よし、引き受けた。俺に任せときな」

「おお! 本当かい! それじゃよろしく頼むよ。あたしはミモザ。そこの通りで雑貨商店を営んでるから、毛皮が集まったら寄っておくれ」


 クエストを受託した事で、視界のミニマップにミモザの店がマークされた。

 それじゃ、いっちょ狩りますか。

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