第8話

 突然、目の前に現れて救いを求める美少女。

 もしこれがアニメなら、ヒロインとの運命的な出逢いを果たす名場面なんだろう。

 普通はそこで主人公がヒロインを助けるべく行動するのだが──。


「……【鑑定眼】」


 俺が真っ先に取った行動は【鑑定眼】を使用することだった。

 どんな相手だろうと警戒するに越したことはない。可愛らしい見た目だが、その外見に騙されて……なんてのは御免だからな。

 スキルの効果が発動し、視界に彼女のステータス情報が表示された。


 プレイヤーネーム:アオイ

 善悪値:+40

 関係性:友好的


 無論、表示された項目は他にもあるが、今のところ必要ないので読み飛ばす。

 ひとまず俺が知りたい情報は善悪値と関係性、その二点だけだ。

 それを知れば、彼女に悪意があるかどうかが判別できる。


(善悪値は+40、関係性は友好的……)


 数値的にも関係値的にも敵意はなさそうだ。

 俺は警戒を緩め、空色の髪をした少女──アオイへと話しかけた。


「ま、大丈夫そうだな。えーっと……」

「あっ……いきなりで驚きますよね……すみませんっ……!」


 どっかで聞いたことがあるような声だな。どこだっけ……。

 そんなことを思いつつ、彼女へと質問する。


「別に構わねぇけど、何かあったのか?」

「は、はい……実はっ……!」


 アオイが答えようとしたところで、またもや別の足音がこちらに近付いてきた。


「あぁ? 仲間がいたのか」

「へへ、ツイてるじゃん。まとめて狩っちまおうぜ!」


 そんな小悪党じみた台詞を吐きながら姿を見せたのは二人の男だ。

 アオイ同様にNPCを示すマークが無いため、二人ともプレイヤーだろう。

 一人は槍型のソウルギア。もう一人は長剣型のソウルギアを携えていた。


「わ、私……あの人たちに襲われて……」

「なるほど。何となく状況はわかった」


 要するに、コイツらにPKプレイヤーキルされそうになったんだな。

 んで、通りすがりの俺を見つけて助けを求めたと。

 はてさて、この状況は運がいいのか、悪いのか。


『は? 幸運ラッキーだろ? を探す手間が省けて良かったじゃねぇか!』

「……まぁ、お前ならそう言うよな」


 予想通りの答えが返ってきて、俺は思わず肩を竦めた。

 それから俺はマモンを構えて前に進み出た。


「お? ナイトさまの登場ってか? なら存分にボコしてやんねぇとなぁ! 無様な姿を姫ちゃんにしっかり見てもらおうぜ?」

「ぎゃはははッ! 相変わらず性格わりぃな!」


 何やら勝手に盛り上がっている彼らを見て、俺はため息を吐いた。

 こっちの予定も知らねぇくせに、ダラダラ喋って無駄な時間を消費してんじゃねぇ。

 苛立ちを感じた俺は、男どもを指差して強く言い放った。


「……いちいちうるせーな。こっちは時間が押してるってのによぉ! いいか! 俺はこの後、ウルちんを応援するっていう重大な使命があんだよ! お前らの小者っぽい台詞を聞いてる時間はねぇ!」

「……あ? なんだと、てめぇ。ナメてんのかゴラ!」


 俺の態度が勘に触ったのか。

 男は青筋を立てながらこちらに迫ってきた。


「おらッ!」


 怒号にも近い掛け声と共に、槍の一突きが放たれた。

 PK行為に手を染めているだけあってステータスは高いのだろう。それなりに速い一撃だ。

 だが、俺はそれをいとも容易く回避した。


「は⁉」


 あっさりと攻撃を避けられた男は、間の抜けた声を漏らす。


「それ、真面目にやってんのか?」

「くそがあああ!【連槍撃バラージュ・スピア】ッ!」


 ムキになった男が、今度はスキルを発動させる。槍による連続攻撃だ。

 しかし、それでも俺には当たらない。その全てを刀で受け流した。


「なんだコイツっ! なんで当たらねぇ!」


 ま、当たり前だよな。相手の命中率DEXと俺の敏捷AGIの差があまりにもかけ離れているのだから。

 せっかくだし、俺の基礎ステータスの内訳を明かそうじゃないか。


 STR:331

 VIT:294

 DEX:358

 AGI:429

 INT:223


 これが今の俺の基礎ステータス。

 対する相手のステータスの合計値は800ほどしかなく、一項目あたりの数値は200にも満たない。

 都市外壁周辺で狩りをしてたガチ初心者相手なら気分良くPKできるんだろうが、いかんせん相手が悪かったな。


「ははっ、何やってんだよヤマト。ちゃんと狙えって」

「違げぇって! コイツ結構ステータス高ぇぞ! お前も手伝え!」


 焦り始める槍男。

 そんなヤツに向けて俺はにやりと笑った。


「はっ、喧嘩を売る相手を間違えたみてーだな」


 そう言い放つと俺は攻勢に転じた。


「オラオラオラオラッッ!」


 ヲタ芸で鍛えたサイリウム捌きを転用した怒涛の剣撃。

 その攻撃エフェクトが、赤い残光を残す。


「がっ……やべ……」


 あっという間に細切れになった槍使いの男は、悲鳴を上げる間もなく粒子となって消えていった。


「は⁉ マジかよ……くそがッ!」


 槍使いの男があっという間に倒されたのを目にして、剣士の方が慌てて長剣を抜いた。

 

「悪いが、さっきのヤツみたいに長々と相手してやんねーぞ。ウルちんの配信時間が迫ってるからな」


 そう告げてから俺はスキルを発動させた。


「──【黒欲舞刀フレキスヴァルト】」


 振り抜いたマモンから放たれる黒い斬撃は、刹那の間に男の胴を真っ二つに裂いた。


「う、嘘……だろぉ‼⁉」


 男はそんな言葉を言い残し、粒子となって消え去った。

 恐らく彼らのリスポーン先は、東のデズル砂漠にあると言われる監獄だろう。

 PKに失敗して返り討ちにあったプレイヤーは犯罪歴がつく上に、当面はそこで奉仕活動に従事させられるのだ。


『悪意あるプレイヤーを討伐! 名声を55ポイント獲得しました』

『称号:〝一刀両断〟を獲得しました。STRが永久的に5ポイント増加します』

『通貨を獲得しました:248ゴールド76シルバー』

『アイテムを獲得しました:中級強化石✕5』

『アイテムを獲得しました:力の腕輪、背徳の指輪、耐熱の外套』

『アイテムを獲得しました:絹白狼の毛皮✕2、絹白狼の牙✕1、酸芋虫の粘糸✕3』


「おうおう、こいつら持ってんなぁ! 金目のモンは全部置いてけよォ! うひひ」


 視界の端に流れる戦利品のログに、俺は思わずニヤついた。

 プレイヤーに倒された場合、こんな風に所持金と貴重等級アンコモン以上のアイテムがドロップしてしまうのだ。無論、PKを返り討ちにした場合もそのシステムは変わらない。


 今回倒した奴らはそこそこゲームをプレイしている中級者たち。それなりに金やアイテムを溜め込んでいたようでウハウハだった。

 おまけにクエストの収集素材も手に入って一石二鳥だ。


「あ、あの……」

「ふひひひ……あん?」


 ニヤつく俺の背後で透き通った声がした。

 なんだと振り返ると、アオイがぺこりと頭を下げた。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました……!」

「あぁ、気にすんな。俺としてはPKプレイヤーキラーは大歓迎だ」

「え? そうなんですか?」

「なにせ合法的にアイテムを奪えるからなぁ。むしろ積極的に襲って欲しいくらいだぜ」

「へ、へぇ……すごいですね、あはは……」


 何だか微妙に引かれているような。気のせいか?

 って、悠長に会話している場合じゃねぇな。

 そろそろ切り上げてウルちんの配信の待機しないと。

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