第五十五話・頼りになる人

 任務を終えた協力者と保護対象者達はシェルターの中でゆったりとした時間を過ごした。家族がいる者は家族用の部屋に移り、それ以外は大部屋のまま。同室だった子ども達が家族用の部屋に移り、たくさん並んだベッドはほとんど使われなくなった。


 任務で親が亡くなった子もいる。自分は祖父の遺体に会わせてもらえてお別れも出来た。だから、これ以上我が儘を言ってはいけない。ひなたはそう考えていた。

 昼間はまだ良い。小学生と中学生は同じ教室に集まり、わいわい騒ぎながら勉強をするからだ。

 十数人の生徒をまとめるのは右江田うえだだ。学年ごとに毎日テキストとプリントを作って配布し、分からないところを個別で教えて回る。大柄だが気の優しい右江田はすぐに生徒達に受け入れられた。

 調子に乗った生徒達から右江田を守るのがひなたの役目。いや、そうすることで自分の存在意義を作りたいのだ。ひなたは自分の行動の理由をちゃんと把握していた。






「シェルターから、出る……?」

「もうすぐ外に保護施設が用意出来るから、そっちに移ることになるんだよ。その時に自宅に帰れる人は帰るんだ」


 昼休み。食堂で向かいの席に座る右江田からそう言われ、ひなたは箸を掴んだまま俯いた。

 ひなたには両親がおらず、祖父と二人暮らしだった。その祖父、多奈辺たなべさぶろうは任務で命を落とした。まだ八歳のひなたは一人で生活できない。どうしよう、と不安に襲われる。


「わ、わたしは」

「ひなたちゃんはその保護施設に。施設から学校に通えるように葵久地きくちさんが手続きをしてくれるって。学校は変わっちゃうけど」

「右江田先生は?」

「俺はアパートに帰るかな」

「そっかあ……」


 平静を装いながら、ひなたは昼食の唐揚げを口にした。美味しいはずなのに、何故か味が分からない。


 シェルターから出てしまえば、みつるとも会えなくなる。右江田にもだ。大部屋で仲良くなった子達も自宅に帰ってしまう。当たり前の話だ。ここにいる大人逹はみな大事な家族を守るために戦ってきた。

 彼にも家族がいて、その人と家に帰るのだ。

 そう考えたら、寂しいのと悲しいのと辛いのが絡み合って、何とも言えない気持ちになる。こんな感情は祖父との別れ以来で、ひなたは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。


「俺がここで働いてるのは、甥っ子を保護するためだったんだよね」

「え?」

「姉夫婦にはひとり子どもがいて、ダンナさんが姉さんを、俺が甥っ子を保護するために協力者になったんだ。まあ、俺はガタイがいいから勧誘員補佐に回されちゃったんだけど」


 右江田の姉は彼に似ておらず、細身の儚げな女性である。義兄は妻を守るためにすぐに協力を申し出た。しかし、協力者一人につき保護出来るのは一人まで。そこで弟の右江田にも話が来た。可愛い甥っ子のため、右江田もすぐに了承した。

 幸い義兄は無事に任務を終えて帰ってきた。現在は親子三人水入らずで過ごしている。


「うち親が居なくて、ずっと姉さんが俺の世話をしてくれて、だから絶対助けたかったんだ」

「……」


 姉の話をする彼は穏やかな表情をしている。ひなたは右江田の話す姿を眺めながら、自然と口元を緩めた。


「それで、俺、学校の先生を目指そうと思って」

「先生に?」

「諦めてたんだけど、ひなたちゃんのおかげで自信が付いたから、もう一回頑張ってみるつもり」

「すごーい! 絶対なれるよ!」


 顔は怖いが、右江田は優しいし教え方も分かりやすい。一度打ち解けてしまえば、きっと生徒から好かれる良い先生になれるだろう。ひなたは心からそう思い、素直に応援した。


「もし先生になれたら、続けていけそうだったら……ひなたちゃん、俺と一緒に住まない?」

「へ?」


 予想外の提案に、ひなたは掴んでいた唐揚げを皿の上に落とした。続けて箸も手から落ちて皿に当たり、カランカランと乾いた音が響く。


「──なんで?」


 当たり前の疑問がひなたの口から出た。

 右江田とひなたは他人だ。

 なんの関わりもない。

 唯一あるのは右江田の負い目だけ。


「……おじいちゃんのことなら、もう気にしないでいいって言ったよね。わたしのこと、かわいそうだと思ったの?」


 両親がいなくて可哀想なんて、これまで見ず知らずの他人から散々言われてきた。上辺だけの同情の言葉が何よりも子どもを傷付けるというのに、彼らはいつも『不憫な子に優しく声を掛けてあげる自分』を演じるためだけに近付いてくる。

 そういった扱いには慣れているが、まさか右江田にまで同情されるとは。そう思っただけで、ひなたの心がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

 しかし、右江田はそれをキッパリ否定した。


「違う! 俺が弱いから、ひなたちゃんに助けてもらいたいだけなんだ」

「助ける? わたしが?」

「情けない話だけど、俺メンタル弱くて。今もひなたちゃんが居なかったら代理の先生なんか出来なかった。外に出たらもっと色んなことがあるだろうし、俺一人で乗り越える自信なくて……それで、近くで支えてもらえたら、と……ごめん。身勝手な話なんだけど」


 言いながら、だんだん語尾が小さくなっていく。自分でも本当に情けないと思っているようで、右江田は恥ずかしそうに目線をそらしていた。


「……誰かに相談とかした? お姉さんとか」

「いや、まだ誰にも言ってない。まず、ひなたちゃんに許可もらわなきゃと思って」


 誰かの指示やアドバイスではなく、右江田自身がこうしたいと望んだからこそ出た言葉。

 こんな風に大人から頼りにされたのは初めてで、ひなたは大きな目をパチパチと何度か瞬かせた。言われた言葉を何度も反芻する。彼の態度から嘘ではないと分かった。


「……しっ、仕方ないなあ。そんなに言うなら助けてあげてもいい、けど」

「ホントに? ありがとう!」

「ちゃんと先生になれたらね」

「うん、俺頑張るよ」


 テーブルに身を乗り出し、ガシッとひなたの手を掴むと、右江田は嬉しそうに笑った。


「右江田先生、痛い」

「ああッ、ごめん!」

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