第五十四話・交渉材料

 山奥にある国有地の更に奥地にシェルターはある。山肌を覆うコンクリートは土砂崩れ防止の擁壁ようへきとほぼ同じ。ここにシェルターがあると一目で分からないように造られている。

 生き残った協力者達から「自宅の様子を見に行きたい」との声が多いこともあり、一度外に出る話も出ている。頻繁に出入りをすればシェルターが外部の人間に発見されてしまうため、無計画に動くわけにはいかない。見つかれば、国だけでなく保護されていた人が非難されるからだ。


「現在、協力者や保護対象者の中で身寄りのない人や住む場所を失った人のための施設を準備しております。そちらに拠点を移す際に色々動こうかと」


 任務で命を落とした協力者もいる。彼らに代わり、残された保護対象者の面倒を国が見ることになっている。家や職を失った協力者が再び普通の生活を送れるようになるまで支援する必要もある。

 また、命のやり取りを経て心に傷を負った者も少なくない。彼らの精神的な治療を一般の病院に任せるわけにはいかない。病院や児童保護施設などを併設した施設の整備が着々と進められているという。


「復興やら何やらで大変な時期だろ。国もゴタゴタしてるだろうし、こっちの対応が適当になったりしねェか?」


 爆撃に遭った沿岸部の市街地の整備、復興、住む場所を失った人々の仮設住宅設置、その他諸々の補償など、資金と時間が掛かる問題が山積みとなっている。そんな中で、果たして当初の約束通り責任を果たしてくれるのか。

 江之木えのきの問いに、真栄島まえじまはにっこりと笑った。


「後回しになんかさせませんとも。こちらには講演会の映像データがありますからね。阿久居あぐいせんじろう議員だけでなく、暮秋くれあきせいいち議員とその息子、暮秋とうま氏の顔も発言も全て収まっています。世間に出回っている映像よりクリアで、音声も聞き取りやすいものがね。これを使って待遇の交渉をします。……皆さんの命懸けの行動には必ず報いてもらいますよ」


 要は、映像をネタに国を脅すということだ。

 映像の中には、尾須部おすべがICレコーダーで流した複数の議員の音声も入っている。話しているのが誰か特定されたら困る者もいるはずだ。

 それだけでなく、シェルター職員用の机の中から尾須部の残したファイルが見つかった。彼が講演会会場でバラ撒いた書類の大元のデータだ。内通者リスト、通信記録、取引内容などが全て収められている。これも有効なカードになるだろう。

 真栄島の口調は普段通り穏やかだが、逆にそれが恐ろしく感じて江之木はそれ以上何も聞けなくなった。


「そっちには私の顔がバッチリ映ってんじゃないの? やだー、葵久地きくちさん編集して編集!」

「みつる達の顔と声も消してほしいんだけど」

「分かってますよ。後でちゃんとやりますから」

「ほんっっっとにお願いね!」


 三ノ瀬みのせとさとるの懇願に葵久地が笑顔で応えた。

 彼女は裏工作に必要な技術を身につけており、情報収集だけでなくこういった作業も得意としている。交渉材料に使う映像データは彼女が編集した後のものを使うことになる。

 講演会の会場でアリがマスコミから奪った映像データが思わぬところで役に立つ。いや、最初からそのつもりでアリに協力を要請していたのかもしれない。どこまでが真栄島の策なのか、それは彼にしか分からないことだ。


「そういえば、安賀田あがたさんの奥さんには?」

「……お伝えしましたよ。帰還した協力者の方達から外の情報が広まってきましたので、もうテレビの報道なども隠さず見せています。その際にお話をさせていただきました」


 さとる達が連れ去られた二人を探しに出掛けている間、シェルター内でも様々な変化が起きていた。

 混乱を防ぐために伏せていた情報を開示して、会話が可能な保護対象者に対して事情を話したのだ。真栄島と杜井どい、そして他の勧誘員も、自分が担当したチームの遺族に対して説明をした。

 遺体を持ち帰ることが出来たのは多奈辺たなべくらいだ。他の犠牲者は現場に置き去りとなっている。有人の島にはこちらから現地の警察や消防に連絡を入れ、外見等の特徴が一致した遺体の回収と保管、移送を依頼している。


「安賀田さんの死も、自宅がある地域が被害を受けているということも伝えました。もう少し情勢が落ち着いたら、安賀田さんの遺品か何かを回収しに無人島に行く予定です。お墓に入れるものが何もないのは辛いですから」

「そっか……」

「メインルート班で一緒だった右江田うえだ君が安賀田さんの奥さんに無人島でのことを話してくれました。ご主人がどれだけ頑張ったのか、伝わっていると思います」

「それなら良かった」


 恐らく右江田はまた号泣しながら話したのだろう。その光景が容易に想像出来た。安賀田には無人島で世話になった。彼がチームを牽引してくれなければ、彼の献身がなければ任務を達成出来なかった。

 行きの船で安賀田から話し掛けられたことを思い出す。彼は若いさとるを気に掛け、手榴弾の有効な使い方を一緒に考えてくれた。


「オレもお礼言いに行きたい」

「きっと喜ばれますよ」


 話し合いの後、さとるはシェルター内にある医療施設に入院中のちえこの元を訪れた。

 ベッドの上で上半身を起こした状態で出迎えた彼女は、静かに微笑みながらさとるの話を聞いた。こんな若い子まで参加していたなんてと驚かれたが、無事に戻ってきたことを喜んでくれた。


「お話してくれてありがとうね」


 それ以来、さとるは時々ちえこの見舞いに行くようになった。

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