第五十三話・生死をわけた選択

 国会議員、阿久居あぐいせんじろうの演説によってシェルターの存在が明かされた。

 敵対国からの爆撃で家族や仕事、住む場所を失った人は多い。何故シェルターを広く国民に開放しなかったのか。入れた人と入れなかった人の違いは何か。条件は。待遇は。どこにあるのか。あらゆる議論がSNSや匿名掲示板で盛り上がっている。


 それを葵久地きくちから見せられて、さとるは息を飲んだ。書き込みの文字から滲み出る怨嗟の念。妬ましい。狡い。なんであいつらだけ。講演会の会場で耳にした声が再び聞こえてくるようだった。


「本来ならばお住まいの地域がある程度復興してから外での生活を支援をする予定でしたが、シェルターの存続自体が危ぶまれてきております。近いうちにここを出ることになるでしょう」


 元々この場所で死ぬまで暮らせるとは誰も考えていない。窓もない地下の閉鎖空間は長期間の生活には向かない。『家族を安全な場所で保護する』『自分が死んだら家族の面倒を見てもらう』それが任務に協力した理由だ。外の世界が安全になったのならば、外で生活するほうが良いに決まっている。


「出てくのは全然構わないんだけど、オレんち今どうなってるんだろ」

「自宅はともかく、会社がなァ……」


 さとるの住む馬喜多まきた市は駅前周辺が壊滅したと聞いた。江之木えのきの住む飛多知ひたち市は被害はないが、勤務先は馬喜多市の駅に近い。実際にどれくらいの被害を受けているのか、色々あってバタバタしていた二人は報道も何も見ていない。


「これが馬喜多市駅前の映像です」


 葵久地が見せてくれたのは瓦礫の山だった。

 雑居ビルが建ち並んでいた場所は跡形も無く崩れ去り、街並みの面影はほとんど残っていない。広い道路だけは通れるようになっているが、他は規制線が張られて中に入れないようにされている。

 ニュース番組のリポーターが現地を背景に真剣な表情で被害状況を読み上げていく。死者、行方不明者、怪我人の数。

 瓦礫の映像の中に見慣れた看板を見つけ、さとるはノートパソコンのモニターを指差した。


「これ、バイト先の居酒屋!」

「マジかよ、行ったことある」

「あ、そうなんだ」

「こりゃウチの会社も駄目だな」


 さとるも江之木も茫然としている。島での任務を終えて帰還する際に聞いてはいたが映像を見るのは初めてで、それ故にショックも大きかった。見慣れた街並みは壊され、見る影もない。


「駅前周辺が爆心地で、かなり離れた場所まで爆風の影響で窓ガラスが割れたりしているようです」

「あ、じゃあウチも窓が割れてるかも」

「その可能性は高いですね」


 詳しい状況を理解した途端、二人は急に怖くなった。


「爆撃があったの何時くらい?」

「えーと、馬喜多市は昼前くらいですね」


 平日の昼前。

 その時間帯ならば、さとるは郊外の工場で働いている。しかし、駅からさほど離れていない場所にみつるの通う中学校がある。少なからず被害が出ているはずだ。

 りくとの中学校は隣の飛多知市にあるため危険はないが、江之木の勤め先はまさに爆心地付近。自分が命を落とすことには覚悟は出来ていた。しかし、りくとが天涯孤独になってしまうところだったのだ。江之木は冷や汗を手の甲で拭った。

 もし爆撃が夕方から夜に掛けて行われた場合、駅前の学習塾に通っているみつるとりくとは間違いなく死んでいた。掛け持ちのバイト先である居酒屋で働くさとるも同じだ。


「勧誘、受けといて良かった……」

「オレも」


 何も知らず、突然被害に遭った人々が大半だ。助かる機会を与えられたことは運が良かった。


「ホントにひでェ有り様だな……」


 ニュースを見ただけでは分からないが、あそこに居たのならただでは済まない。上司や同僚、部下がどうなったのか考えるだけで、江之木の気持ちは暗く沈んでいった。


「ちなみに、堂山どうやまさんの勤務先もこの辺りなんですよ。危なかったです」


 ニュース映像に加え、駅前周辺の地図を指差しながら葵久地が付け足した。さとるの掛け持ちのバイト先である居酒屋から二区画先の雑居ビル。もちろんここも半壊している。


「……ッ」


 無人島での任務は、ゆきえにとって過酷で耐え難いものだっただろう。しかし、結果だけをみれば参加は正解だったと言える。

 もし参加していなければ出会うこともなく、互いの存在も知らなかった。こんな風に思うことも当然なかった。それでも、ゆきえが生きていてくれて良かったと、さとるは心から彼女の選択に感謝した。

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