第八幕 光明
第四十七話・兄弟の絆
波乱の講演会は
混乱に乗じ、さとる達は無事みつるとりくとを保護して会場から脱出した。見つからぬよう、人の多い正面の出入り口は避けている。
先ほどまで体育館内にいた人々が何が起きたかを他の場所にいる避難民達に訴え、施設の内外は大騒ぎとなっていた。銃を持った犯人が近くにいると聞けば慌てるのも無理はない。
アリの案内で少し離れた路肩に止められているバンに辿り着き、全員で乗り込む。
「よく戻った! さっき急に騒がしくなったから、アリが何かやらかしたかと思ったぞ」
「いやぁ……あはは」
助手席に座った三ノ瀬は、社長の言葉に引き攣った笑いで返した。やらかしたのはむしろ彼女で、アリはその後始末をしてくれたようなものだ。
セカンドシートにはアリと
「子ども達も無事保護できて良かったな。……君達、ケガはしとらんかね?」
社長がバックミラー越しに後部座席を見ながら尋ねると、二人はビクッと肩を揺らして縮こまった。
「だ、大丈夫ですっ」
「……ええと、僕も」
みつる達は社長とは初対面だ。車に乗った時から緊張しているが、気遣われているのは分かったようで、ぎこちないながらも返事をした。
「疲れとるだろうが、すぐに出発した方がいい。人数も増えたことだし、乗ってきた漁船じゃ狭いからウチの船を貸そう」
「いいんですか」
「まさに乗りかかった船というヤツだ。気にせんでええ」
そう言いながら、社長は車から降りて船着き場へと向かった。その後ろをアリが追い掛けて行く。あらかじめ船の準備は済んでいたようで、すぐに出航することになった。船室が広いタイプで、社長が個人で所有している船だという。
ちなみに、行きに乗ってきた船はパッと見で漁船登録番号や船名が見えないようシートが掛けられている。ニセ巡視艇とやり合った時に見られた可能性があり、もし見つかれば後々面倒なことになるからだ。
「じゃーねー社長」
「アリ、ちゃんと船を返しに来るんだぞ!」
「はいはーい!」
船を貸すことで、アリが再びここに来る理由を作っているのだろう。社長のアリを見る目はまるでヤンチャな息子を見守る父親のようだ。
「社長、色々ありがとうございました!」
「気を付けてな」
三ノ瀬が頭を下げて礼を言うと、社長はニカッと笑った。さとると江之木もそれぞれ感謝の意を伝えてから船に乗り込む。
動き出した船の姿が視界から消えるまで、社長は手を振って見送った。
長く感じた講演会だが、時間にすれば僅か一時間程度。開始が昼過ぎだったこともあり、まだ陽は高い。
「……はあ〜、疲れちゃったわ」
「三ノ瀬さん大活躍だったしね」
「うっ……」
怒りで暴走しそうになったさとると江之木を抑え続けたのは三ノ瀬だ。もし二人だけで来ていたら後先考えずに飛び出していた。下手に動けば、海千山千の政治家である阿久居や暮秋に良い様に使われていただろう。
ストッパーとして常に側に居た三ノ瀬の存在は大きい。
「あんまり人には言わないでよ〜」
「ううん、助かった。ありがとう」
三ノ瀬は一瞬真顔になった。
これまでずっと気を張り続け、周りに気を許すことがほとんど無かった彼が笑顔で礼を言ったからだ。
「さとる君、熱でもあるんじゃないの〜?」
照れ隠しにそう茶化すと、さとるは穏やかな笑顔を浮かべたまま自分の口元をそっと手で覆った。
「……三ノ瀬さん、薬……」
「えっ、あ、船酔い!? やだっ、だから船室に入らなかったのねー!!」
やっと再会したというのに船室にいる弟の側ではなく、デッキで船べりにもたれて潮風に当たっていたのは船酔いのせいだった。入り組んだ埠頭から沖に出る際に何度も船の向きを変えたことが原因だろう。
「すぐ酔い止め持ってくるわ!」
「……お願いします……」
船室の中では、みつると江之木親子が隣り合って座っていた。船に乗ってからずっと会話はない。みつるが話し掛ければ返事をするが、りくとはそれ以外で口を開かなかった。江之木も何も言えずにいた。
今回の件よりずっと前から、りくとは父親に負い目を感じている。それは短い付き合いのみつるにも何となく分かった。まだ二人の溝が縮まっていないことも。詳しい事情を知らないみつるには親子の仲を取り持つような器用な真似は出来ない。
気不味い空気の中、どうしたものかとみつるは思い悩んだ。
「ちょっと失礼しまーす。ごめんね、そこのカバン取ってくれる? さとる君の薬取りに来たの〜」
そこに現れたのは三ノ瀬だ。船酔いに苦しんでいるさとるのために酔い止めの薬を取りに来たのだ。みつるは慌てて立ち上がり、その拍子に低い天井に頭をぶつけた。
「に、にいちゃんの薬ならボクが持っていきます」
「あら、そう? じゃあお願いするわね〜」
「えっと、しばらくにいちゃんと二人で話がしたいから……その、」
「分かったわ。私はここに居るから」
「はいっ!」
三ノ瀬から錠剤と水のペットボトルを受け取り、みつるは船室から出て行った。
自分より社交的で話上手な三ノ瀬が側に居れば、江之木親子の会話の切っ掛けになるだろうと考えてのことだ。もちろん、兄と二人で話したいというのも偽りのない本音である。
時折波にあおられて揺れる船体に驚きながらも、みつるはさとるの側に向かった。船べりにもたれかかり、青い顔をしている姿を見て急いで駆け寄る。
薬を飲ませ、効き目が現れるまで無言で隣に居続ける。兄がこんなに弱っている姿を見たのは初めてで、みつるはなかなか話し掛けられなかった。
しばらくして、さとるが大きく息を吐き出した。
「……はぁ、少し楽になった」
「よ、良かった」
「ありがとな、みつる」
まだ顔色は悪いが、吐き気や眩暈はマシになったようだ。やっと笑顔を見せた兄に、みつるもつられて笑った。
「にいちゃん、船弱いんだね」
「どうもそうらしい。今回の件まで乗ったことなかったから初めて知った」
さとるが船に乗ったのは無人島行きの小型自動車運搬船が初めてだ。今回を含め、行き帰りで計四回乗ったが毎回船酔いの症状が出ている。体質的に船の揺れに弱いのだろう。一方、みつるは船に乗ったのはこれが初めてだがケロッとしている。
そんな状態になりながらも自分を探しに来てくれたのだと知り、みつるは嬉しいような申し訳ないような気持ちになった。
「にいちゃん、迎えに来てくれてありがと」
「次からは行き先くらい教えてから行けよ」
「……怒らないの?」
「みつるが決めたことだ。怒らねーよ」
シェルターから無理やり連れ出されたわけではない。自分の意志で尾須部に付いていったのだ。賢いみつるなら考えた上で行動したのだろうと、さとるは信じていた。
「あの子を放っとけなかったんだろ?」
「うん、りくと君は大事な友達なんだ」
年度の途中から入塾して、なかなか馴染めずにいたみつるに最初に声を掛けたのがりくとだ。それ以来、塾で一番仲が良い友人となった。
「頑張ったな、みつる」
「……うん……」
潮風で湿った短い髪をわしゃわしゃと撫でられ、これまでのことを労われて、みつるはぼろぼろと涙をこぼした。講演会会場のステージの上で流したような悲しい涙ではなく、喜びや嬉しさから溢れてくる涙。
「にいちゃんもいっぱい頑張ったんだよね」
「あー、……うん。頑張った、かな?」
さとるは言葉を濁した。
無人島での任務は堂々と胸を張って自慢出来るようなことではない。兵器を破壊しなければ沿岸地域の被害は更に増えていただろう。しかし、そのために人を傷付け、命を奪ったのは事実。
協力者達がどこで何をさせられたか、共に行動している時に
「にいちゃん、いつもありがと」
「なんだよ急に」
「大好きだからね」
「はは、知ってるよ」
二人は肩を寄せ合い、太陽の光に照らされて輝く海面を眺めながら笑い合った。
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