第四十六話・本当の目的

 悲鳴が飛び交う講演会会場の体育館。

 そのステージの上で睨み合う二人の青年。


「とうご、どういうつもりだ。おじさん達がどうなってもいいのか?」


 尾須部おすべの両親は現在、暮秋くれあきせいいちの恩恵を受けて特別枠でシェルターに入っている。その身柄を盾に、暮秋とうまが問い質した。


「いいですよ、。……私は、貴方と違って親が大っ嫌いなんです。煮るなり焼くなりお好きなように」


 平然と答える尾須部に、暮秋とうまは驚きを隠せなかった。

 これまで彼はそんな素振りを見せたことはなかった。進路を決める時と就職の際に多少揉めてはいたが、尾須部親子の仲は良好だと認識していた。だから、親さえ手の内にあれば、彼は無条件に従うだろうと考えていた。


 数年先に生まれた暮秋とうまにあやかり、尾須部の親は息子をとうごと名付けた。それくらい古くからの信奉者だ。教育熱心で、何かにつけて優秀な暮秋とうまと比較した。身近な存在を目標に掲げることで、息子を叱咤激励つもりかもしれない。しかし、それは彼を追い詰める要因にしかならなかった。

 笑顔の下で、尾須部はずっと親に復讐する機会を窺っていた。もっとも効果的な方法……それは、何十年も支援し続けてきた暮秋議員への反乱。これまで築いてきた一番の支援者という立場は息子の行動によって崩れ去り、もうこれまでのような信頼関係は望めなくなる。


 散々周囲を巻き込み、世間に対して問題提起するていを装ってはいたが、結局これは子から親への反抗に過ぎない。


 幼い頃に引き合わされてから二十年。父親達と同じようにずっと一緒にいるのだと思い込んでいた。何があっても、何をしてもついてくると信じていた。その尾須部に裏切られ、暮秋とうまは己の慢心に気付き、引き攣った笑みを浮かべた。


「正直おまえのことをナメていたよ。僕をここまでコケにするとはね……やってくれるじゃないか」

「それはどうも。とうまさんのその顔が見たかった」


 阿久居と暮秋、両陣営に同時に喧嘩を売ったのだ。例え告発した内容が世間に広まる前に揉み消されたとしても、尾須部も親もただでは済まされないだろう。


「……可愛い教え子を巻き込んだんだ。どんな制裁でも甘んじて受けるさ」







 さとると江之木えのきがみつる達を連れてステージから降りると、体育館内からはほとんどの人が逃げ出していた。三ノ瀬みのせが拳銃を構えて追い払ったからだ。会場のスタッフも流石に近寄れないようで、後方の出入り口付近で避難誘導に努めている。


 唯一残っているのはマスコミのカメラマンとリポーター数名だが、彼らは作業着姿の男に壁際へと追いやられていた。男の手はテレビカメラのレンズ部分を塞ぐように鷲掴みにしている。


「どーもー。コレ生中継? 違う? あっそぉ。じゃあ録画データもらえるかなー?」


 顔から胸元にかけて目立つ刺青を入れた、明らかにカタギではなさそうな男からにこやかに脅され、カメラマンは首がもげそうな勢いで何度も頷いた。従わなければ高価な機材を壊されるという恐れもあった。

 放っておいても不利な事実を暴露された阿久居あぐいや暮秋が地方局に圧を掛けて揉み消すだろうが、編集して三ノ瀬やさとる達の場面だけ残されても困る。


「あああアリ君、ありがとぉ〜!」

「三ノ瀬サン面白いコトしてるねー」

「好きでやってんじゃないからねっ!」


 理由はどうであれ、カメラの前で拳銃を撃ってしまったのだ。ここは戦場ではない。銃刀法違反、器物損壊、人に銃口を向けてはいないが最悪殺人未遂罪で捕まってもおかしくはない。

 映像データの確保が出来て、三ノ瀬は心の底から安堵した。


「表で社長が待ってる。行くよー」


 先頭を走るアリを追い掛け、全員建物からの脱出に成功した。

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