第四十二話・大衆扇動

『──さて、何故皆様がこのような憂き目に遭うのか、分かりますか』


 突然阿久居あぐいの声のトーンが下がった。

 彼の話に聞き入っていた人々はその変化に気付き、会場内がややザワついた。


『今回、他国からこのような攻撃を受けたのは、我が国の政権の失策に他なりません。戦後から続く戦勝国への追従、弱腰外交、戦後処理の不備……要は如何にも日本人らしいどっちつかずの態度ですね。とにかく、それをダラダラと続けてきてしまった政府の責任です!』


 これまでの穏やかな口調が嘘のように、阿久居は力強くそう言い切った。現役国会議員による現政権批判。


『外交に力を入れ、近隣諸国との関係を良好に保っていれば、少なくともこのような最悪の事態は避けられました』


 確かに、今回の被害は戦後最悪と言っていい。沿岸地域を中心とした複数の市街地の壊滅。まだ正確な数字は出ていないが、死傷者、行方不明者は局地的な自然災害に比べて遥かに多い。

 会場に居合わせた避難民達は、怒りと悲しみの矛先を明確に示された。「そうだそうだ!」と阿久居に賛同する声が上がり始める。家族や住む場所を奪われた人達の怨嗟の声が体育館内にじわじわと沸き起こり始めた。


「ちょ、ちょっと」

「なんだ急に……」


 間近で聴衆の変化を感じていた三人は、身を寄せ合ってその声を聞いた。

 周りに飲まれそうになりながら、さとるは前方にあるステージを見上げた。みつる達の姿はまだ見えない。しかし、この近くには居るはずだ。見つけたらすぐ手を取ってここから逃げよう。それだけを考え続けた。


 会場内の様子を肌で感じ取りながら、阿久居は更に声を張り上げた。


『それだけではありません。政府はまさに皆様を裏切るような施策を陰で行なっておりました。それこそがシェルターの存在です!』


 シェルターの話が出て、三人は思わず顔を見合わせた。


『実は、日本には幾つかシェルターがあります。地下深くに造られた、核攻撃にも耐え得る大型施設です。しかし、このシェルターの存在は国民には秘密にされてきました。……皆様も知りませんでしたよね?』


 阿久居の問い掛けに、聴衆の殆どが頷いた。会場内のあちこちでヒソヒソと囁き合う声が聞こえてくる。


「アイツ、なんでシェルターのことを……」

「日本は何をやるにも国会で決議するから、国会議員なら知ってても不思議はないわよね」

「でも、何もこんなところで言わなくても」


『爆撃が起こる前にシェルターが一般に開放されていれば、少なくともこんなに多くの死者は出ませんでした。にも関わらず、政府は全てを秘密にし、自分達の身内や支援者ばかりを保護してきたのです』


 これには聴衆である避難民達が怒りを露わにした。ザワつきではなく、怒りの声が其処彼処そこかしこから上がっている。当然だ。助かる手段があったのに隠されていたのだから。


「……怒りはもっともだが、果たして何も起きてないうちにシェルターに行こうと決断できる人間がどれだけいるか……」

「その点、さとる君や江之木えのきさんは思い切りが良かったわよね」

「まあ、半分脅されたようなもんだったけど」

「ひっど〜い! さとる君は自分からやるって言ってくれたじゃないの!」


 三人が小声で言い合っている間も、阿久居はシェルターの存在とそれをひた隠しにしていた政府の批判を続けた。


『そのシェルターに特別枠で入れた一般人がいます。今日はその二人に来てもらいました。……さあ、こっちへおいで』


 少し口調を和らげ、阿久居が舞台袖の方に手を差し伸べた。少し間を開け、背中を押されるようにしてステージに現れたのは二人の少年だった。後ろに付き添うように立つスーツ姿の青年は尾須部おすべだ。


 みつるとりくと。

 彼らの姿を見た途端、さとると江之木は拳を握り締めて腰を浮かせた。


「ま、待って、飛び出しちゃダメ! マスコミのカメラが来てる!!」


 その言葉に振り返れば、いつの間にか体育館後方の出入り口付近と中ほどにカメラクルーとリポーターの姿があった。恐らく地方局から避難所の取材に来ていたのだろう。


「もし取り押さえられたら面倒よ。私達、武器持ってるもの」


 さとるはナイフ、江之木は特殊警棒、三ノ瀬みのせに至ってはニセ巡視船から奪った拳銃を所持している。見つかれば間違いなく逮捕されてしまう。

 今にも飛び出さんばかりだった二人は、僅かに残った理性で己をその場に押し留めた。気持ちを落ち着けるように大きく息を吐き出し、さとる達はステージを睨み付けた。


 ステージ中央に引っ張り出されたみつるとりくとは、体育館内の異様な空気に圧され、不安げな視線を後ろに立つ尾須部に向けた。尾須部はニコリと笑い、二人の緊張を和らげるように何か声を掛けている。

 その様子に、さとると江之木は眉間に皺を寄せた。


見世みせモンみたいにしやがって」

「どーゆーつもりだ尾須部の奴」

「ふ、二人とも、くれぐれも早まらないでね。下手するとカメラに映っちゃう」


 怒り心頭といった二人を宥めるのは三ノ瀬だ。

 テレビカメラが講演会を取材しに来るのは予想外だった。録画ならともかく、生中継では情報操作が及ばない。とにかく目立たぬよう声を抑え、さとる達が暴走しないように努めた。


『この少年達は爆撃前にシェルターに入っていたため被害を免れました。何故彼らは事前にシェルターに入れたのか、分かりますか?』


 阿久居が聴衆に問い掛けると、至る所で騒めきが起こった。先ほど存在を知ったばかりだ。この場にいる人々がシェルターに入るための条件など知る由もない。


 ──さとる達以外には。


 住む場所を追われ、家族を失ったであろう人々から「狡い」「酷い」「何であの子達だけ」という声が上がり、ステージ上にいるみつる達は気まずそうに俯いた。

 非難が二人に集中する前に、阿久居が軽く手を挙げて再び注目を集めた。途端に体育館の中がシンと静まり返る。


『もちろん、無条件でシェルターに入れた訳ではありません。彼らの保護者が彼らの保護と引き換えに命懸けの危険な任務に就いたからです』


「え、そこまで言う?」

「アイツ何考えてんだ」


 阿久居が語ったのは、まさに真栄島まえじま達がさとる達を勧誘した内容そのまま。何故この場で公表するのか。何故子ども達の姿を晒す必要があるのか。何が目的か分からず、三人はただただ戸惑うばかりだった。


『その任務というのは、まさに皆様の住む場所を爆撃した兵器、その破壊です。政府は秘密裏に民間人に協力を要請し、家族の保護と引き換えに戦場に送り込みました!』


 ここで一気に会場がどよめいた。


『この少年達の保護者は、慣れない武器を持たされ、兵器の破壊を命じられました。中には任務中に亡くなられた方もいるとか。何の訓練も受けていない一般市民ですからね、成功率も高くはなかったようです。……成功していれば、亥鹿野いかの市は被害に遭わずに済んだかもしれません』


 これを聞いて、亥鹿野市からの避難民達が怒りの声を上げた。何故素人にやらせた、何故自衛隊がやらなかった、そんな怒号が飛び交う。


「何も知らねえヤツらが勝手なことを」

「三ノ瀬さん、まだ出ちゃダメ?」

「待って、周りが怖いんだって!」


 江之木が舌打ちし、さとるはいつでも動けるように片膝を立てている。それに対し、三ノ瀬は身動きが取れずにいた。下手に動けばマスコミのカメラだけではなく、体育館内にいる避難民達全員を敵に回すことになりかねないからだ。


『これらは全て政府の誤った方針の結果です。本来ならば守るべき民間人に断れないような条件を突き付け、命を差し出させた。速やかに自衛隊を動かさなかったのも政府の失策。そのため、この少年達は保護者と離れ離れになってしまいました。……このような理不尽がまかり通って良いのでしょうか!』


 阿久居が大袈裟に手を広げ、みつるとりくとを指す。すると、今度は会場内から「酷い」「可哀想」などの同情する声がチラホラ聞こえてきた。

 そう訴える阿久居こそが、まさに安全なシェルターから子ども達を無断で連れ出させた張本人だというのに。


「やっぱり政府批判……!」


 わざわざ避難所で避難民達を前にして何を語るかと思えば、政府に対するヘイトを集めるための煽動だった。人々の怒りの矛先を政府に向けさせて支持率を下げる。それこそが阿久居の狙い。不安定な情勢下で支持率が下がれば統制の取れた対策が取りづらくなり、敵対国にとって有利となる。


 みつるとりくとは講演会を盛り上げるための材料として呼ばれたのだ。大事な弟を利用され、さとるの怒りが頂点に達した。

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