第四十一話・人心掌握

 ポートピアホール那加谷なかやにて行われる国会議員阿久居あぐいせんじろうの講演会。阿久居が壇上に上がっている間に何かが起きると三ノ瀬みのせは考えた。


「阿久居に危害を加えるだけなら堂々と近付ける立場の尾須部おすべはいつでも出来るのよ。でも、それを未だやってない」

「確かに、阿久居になんかあれば大騒ぎだ。今のところ立ち入り禁止エリアは静かだからな」

「もしかして、講演会の真っ最中に壇上で?」

「そう。衆人環視の中で子ども達を使って何かするつもりなんじゃないかしら」

「……!」


 さとると江之木えのきが息を飲んだ。

 三ノ瀬の予測が正しければ、みつるとりくとは大勢の人の前で何かをさせられる。阿久居に対する糾弾か、それとも直接的な凶行か。どちらにせよリスクがある行為だ。


「それなら講演会までは何も起きないとも言えるな」

「確かに」

「一応二人がいるのは分かったし、念のため社長に連絡しとくわね」


 視界の端に映るのは、阿久居と共に到着した貨物トラック。今もボランティアスタッフが積荷の救援物資を下ろす作業に勤しんでいる。


「……そういや、議員ってこういうバラ撒きしちゃダメなんじゃないか?」

賄賂ワイロみたいなもん?」

「確かそんな法律があったような……まあ非常時だからいいのかもしれんが」


 この施設には近隣からの避難民が多く身を寄せている。心身共に弱った時の救援物資はどんな綺麗で正しい言葉より力を持つ。やはり後々の人気を考えての行動なのだろうか。


 元々の講演会会場は大ホールだったが、このような事態となり、急遽場所が変更となった。建物内で一番開けた空間であり、より避難民が多く収容されている場所……体育館である。

 避難所と化した体育館にはゴチャゴチャと毛布や荷物などが積まれ、所在無さげに座り込む人々が数多く見られた。ラジオから繰り返し流れてくる各地の被害状況や戦況を聴きながら、誰もが疲れ果てた表情で俯いている。

 そんな中、体育館の前方にあるステージで会場スタッフが忙しそうに動き回っていた。置かれていた荷物を端に寄せ、舞台袖に片付けられていた演台を引っ張り出し、マイクをセッティングしている。

 間もなく講演会が始まるのだ。


 さりげなく体育館内に入り、ステージからさほど離れていない場所にさとる達は陣取った。ここからならばステージがよく見える。会場の構造から見て、立ち入り禁止エリアにある控え室から体育館のステージまでは直通の道があると思われる。


 本来の講演会と違い、ここにいる人々は阿久居せんじろうの支援者ではない。たまたま会場に居合わせただけ。

 そんな人々の前で阿久居は何を話すのか。

 こんな時期に講演会を開く意味はあるのか。


「……来たわ!」


 三ノ瀬の指差した先、ステージの上手かみての袖幕の間から姿を見せたのは、会場スタッフに先導された阿久居だった。


 まずは会場スタッフによる挨拶から始まった。マイクを手にし、今回の講演会の演者を紹介をする。


『えー、国会議員の阿久居せんじろう氏が来てくださいました。先ほど救援物資をたくさん頂きましたので、仕分けが終わり次第配布できると思います』


 ずっと体育館内にいた避難民達は貨物トラックの到着自体知らない。物資が貰えると聞いて、会場内の空気が少し変わった。興味なさげだった人々の関心がステージへと向き始める。

 マイクを手渡された阿久居は簡単に自己紹介をしてから、今回の被害についてまず見舞いの言葉を述べた。


『このような事態になってしまい、皆様も相当参っていると思います。元々本日こちらで講演会をする予定でした。中止せざるを得ないかと思いましたが、せっかくですから皆様の現状をこの目でしっかりと見て政府に報告しようと考えて馳せ参じました』


 用意された演台を使わず、ステージの前方に立ち、真剣な表情で語り始める。ここに着いた時のスーツとは違う、いわゆる防災服と呼ばれる作業着姿だ。


「なんだありゃ、格好だけ変えやがって」

「あれ何か意味あんの?」

「さあ〜。気分の問題じゃない?」


 体育館の床に直座りしながら、江之木とさとるが小声で突っ込み、三ノ瀬が軽く流した。


『救援物資は政府からのものです。たまたま那加谷なかや市方面行きの第一便が出るところだったので一緒に東京からやってまいりました。食料や毛布、その他衛生用品もあります。是非お役立て下さい』


 個人的な物資提供ではないことをアピールするあたり、阿久居はきちんと自分の立場を理解している。しかし救援物資と共に登場するなどしてイメージアップをはかっている。抜け目がない。


『こちらに到着してから、少しですが皆様の様子を見させていただきました。まだ安心して身体を休めるような場所が少ないように見受けられます。この辺りの改善も、政府に意見して早急に対応出来たらと考えております』


「様子を見るもなにも、着いてすぐ控え室に引っ込んでた癖に」


 両隣に座る江之木と三ノ瀬にしか聞こえないくらいの声で、さとるが眉間にシワを寄せてボヤいた。

 アリの言葉が真実ならば、壇上に立つあの男は敵国に情報を流し、敵国にに有利になるように動いたうちの一人だ。憎くないはずがない。


『こちらに居られる方々はお隣の亥鹿野いかの市から避難されてきた方が多いようですね。東京へ戻る前に、そちらの被害状況を確認して参るつもりです。皆様が安心して暮らせるよう微力ながらお手伝いさせていただきたいと考えております』


 この言葉に、亥鹿野市出身者達からチラホラと拍手が起きた。復興するには国からの支援が要る。支援を受けるには被害状況を正しく伝える他ない。国会議員が直接現場を見て声を上げてくれるのは心強いと、この場にいるほとんどの人が阿久居に期待した。

 最初は顔を背けていた人々も、次第に阿久居の言葉に真剣に耳を傾けるようになった。


 話し方、声色、表情。

 人を惹き付ける何かがある。

 阿久居が話術で場を支配している。

 そう感じた。


『──さて、何故皆様がこのような憂き目に遭うのか、分かりますか』


 これまでずっと穏やかで朗らかだった阿久居の声色が一段階下がった。表情もやや険しくなっている。話に引き込まれていた人々は、急な変化にザワつき始めた。


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