第四十話・父親失格

 さとる達と合流してから目立たぬ場所に移り、江之木えのきは先ほどの出来事を語った。


「りくとが居た。おまえの弟もだ。……でも、逃げられちまった」


 花壇の縁に腰を下ろし、項垂れたまま、江之木は気力の失せた声でそう呟いた。


「逃げたって、帰る気がないってこと?」

尾須部おすべに何か言われたんだろ」

「何かって何よ」

「……そりゃ、わかんないけど」


 三ノ瀬みのせとさとるの言い合う声を聞きながら、江之木はりくとの姿を思い返していた。

 父親の姿を見た途端、ビクッと身体を揺らし、眉間に皺を寄せ、すぐに背を向けた。呼び掛けに応えることなく走り去った。その理由が分からず、ただ落ち込むほかない。


「父親失格か……」


 生まれてから中学に入るまで祖父母に預けっぱなしで、子育てに関しては何一つやったことはなかった。毎月送金して、たまに顔を見に寄るくらい。

 中学に入ってから同居を始めたが、勉強より家事を優先してやろうとするりくとを止めるために無理やり塾に入れた。週五で通わせ、仕事帰りに迎えに行く。食事は買った惣菜や弁当。洗濯や掃除は週末にまとめて片付ける。

 会話は弾まない。ほぼ他人同然の状態。それでも、お互い少しずつ歩み寄って親子らしくなれたのでは、なんて思い始めていた。

 そんな矢先に今回の事態になった。

 亡き妻の忘れ形見を守る為、命を懸けることに躊躇はなかった。それが江之木に出来る唯一の父親らしいことだったからだ。

 笑顔で迎えてもらえるとどこかで期待していた。

 現実は、無言の拒絶。

 やっとの思いでここまで来て、ようやく会えた息子に拒絶されたのだ。彼の受けたショックは計り知れない。


 一方で、さとるはみつるが無事で居たことを知って安堵していた。

 壊れた街並み、混乱する人々、そして避難所。シェルターの外は危険が多い。次の爆撃がなくとも不安定な情勢だ。こんな離れた場所まで何事もなく辿り着ける保証はない。途中で事故に遭う可能性もあった。尾須部から危害を加えられるのでは、という恐れもあった。

 とにかく無事でいてくれた。

 それだけで少し気が楽になった。


「二人がいることが分かって何よりだわ。さっきのアレで私達は見張りから警戒されちゃってるから立ち入り禁止エリアに近付くのは難しくなっちゃったけど、まだ講演会があるもの」

「観客に紛れて近付いて助け出す」

「そぉ! それしかないわ」


 二人を奪還する。

 今回の目的はこれだけだ。


 そこに再び葵久地きくちから連絡が入った。


暮秋くれあきせいいち氏なんですけど、どうやら《保護政策推進計画》の発案者の一人らしいんです』

「えっ、それってつまり……」

『民間人から協力者を募って戦わせる……私達の任務の大元となる政策を考えた人ってことです』

「ええ〜〜っ!?」


 あまりのことに、三ノ瀬が大きな声を上げた。周りの避難民から不審な目で見られ、すぐに後ろを向いて声のボリュームを落とす。


「尾須部の親が支援してた議員がその政策を考えたの?」

『所属する政党が、ですけどね。詳しく調べてみたら、尾須部とうごの両親は関東エリアのシェルターに優待枠で入っていました。これは暮秋せいいち氏の恩恵ですね』

「じゃあ、尾須部はなんでこっちのシェルターに職員として入ってたの? 優待枠で保護されるだけで済んだはずじゃ……」


 本来は無いと言われていた優待枠だが、発案者である議員の身内や支援者には密かに枠が確保されていた。これは戦争終了後に速やかに体制を立て直すために必要な手段と言える。


『そこなんですよ。実は、尾須部とうごは三ヶ月前に違う学習塾に転勤したという経歴でしたが、調べてみたら転勤先の塾での勤務実績がなかったんです。一応在籍はしているので経歴詐称とは言えませんが、空白の期間がありました』

「三ヶ月も?」

『私達のシェルターに職員として配備されるまで、どこで何をしていたかはデータになくて』


 葵久地が調べられるのはネット上にある情報のみ。学歴や職歴、銀行の残高や職場での勤務実績など多岐に渡るが、データが残っていないものは調べようがない。


『あ、尾須部とうごの経歴で気になる点がもう一つ。本人からの申告にはなかったんですが、彼は《政策担当秘書》の資格を取得しています。これは両親の意向で取らされたようですが、それなのに何故か就職先は学習塾なんですよね』

「政策……? 何それ」

『国会議員の公的秘書になるための資格です』

「秘書になるのに資格が要るの!?」

『そうです。結構難しい試験みたいですが、難なく合格していますね』

「ええぇ……頭いいのね……」


 これから対峙する人間がズバ抜けて賢い人物だと分かり、三ノ瀬はうんざりした。

 二人の少年を奪還する、そのためだけに現地に来たものの何の策もないのだ。先ほど江之木が息子に姿を見られている。もしかしたら、既に尾須部に報告され、何か対策を練られているかもしれない。


「……まぁ、なるようにしかならないわ」


 葵久地との通話を終え、三ノ瀬がぽつりと呟いた。


「さとる君、江之木さん、気合い入れていくわよ! 頭が良いだけの男になんか負けないんだから!」

「お、おう……?」

「三ノ瀬さん、頭の良い男に恨みでもあるの?」


 三ノ瀬の勢いに付いていけず、さとるも江之木もやや引いた。

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