第三十九話・少年たちの葛藤
講演会のため訪れた国会議員、
「アイツは単なる塾講師だろ? 地元が同じわけでもないのに国会議員と知り合いっておかしくねェか」
「隠し子だったりして〜」
「何言ってんすか。それなら人前で話し掛けられたら嫌でしょ」
「それもそっか」
気にはなるが、それは本来の目的ではない。
三人がここまで来たのは、みつるとりくとを探し出して保護するためだ。
「関係者以外立ち入り禁止エリアにいるかもしれない。なんとかして忍び込めないかな」
「でも見張りがいるぞ」
出入り口を塞ぐように、常に男性スタッフが仁王立ちしている。部外者が簡単に通してもらえるような雰囲気ではない。
「ふっふっふ……私の出番ね!」
三ノ瀬が浮かべた怪しい笑みに、二人は顔を引きつらせた。
「すいませぇん、ちょっとお尋ねしたいんですけどぉ」
「どうされました?」
「友人と避難してきたんだけど、どこに行ったらいいか分かんなくてぇ〜」
「この通路を真っ直ぐ行って右手の方に受付がありますんで、そちらで」
「ええ〜、私ここ初めて来たから分かんない! そこまで案内してほしいんですけどぉ」
「ええ? ……わ、分かりました」
見張りの男性スタッフに対し、甘ったるい声で道案内をせがむのは三ノ瀬だ。彼女がスタッフを引き付けている間に江之木とさとるが内部に侵入する手筈となっている。
しかし、スタッフも見張りの責任がある。ほとんどその場から離れず、身振り手振りで場所を伝えて終わらせようとした。
このままでは侵入する隙がない。
仕方なく、さとるが飛び出した。
「すいません! あっちで乱闘騒ぎが起きてます! 早く止めてください!」
さとるに無理やり手を引かれ、見張りの男性スタッフはそちらへ走り出した。その隙に、江之木ひとりが関係者以外立ち入り禁止エリアに入り込んだ。
内部は細く長い廊下が続き、物置きや電気設備の部屋が並んでいる。その更に奥にスタッフの詰め所があった。ほとんどの人員が表に出払っている。
更に廊下を進んでいくと、控え室の扉が並ぶエリアに到達した。このポートピアホール
いきなり踏み込んでも怪しまれるだけ。まずはひと気のない場所から捜索することにした。空き部屋を中心に見て回るが、やはり見つからない。
もしや阿久居と同じ部屋にいるのでは、という気がしてきて、江之木は再び控え室のある通路へと戻ってきた。
「あっ」
角を曲がったところで向こう側から来た人物とぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。謝罪しようと顔を上げると、そこには探し求めていたりくとの姿があった。
「り、りく──」
「……ッ!」
父親である江之木の姿を見るなり、りくとは慌てて踵を返して逃げ出した。その後ろにはもう一人の少年がいた。さとるの弟、みつるだ。みつるはりくとの後を追いながらも、江之木が気になるようで何度も振り返っていた。
「待て、りくと!!」
名前を呼びながら必死に追い掛けるが、騒ぎを聞きつけたスタッフに捕まり、江之木は関係者以外立ち入り禁止エリアから追い出されてしまった。
幾ら子どもが中にいると訴えても、江之木の行為は不法侵入だ。こんな情勢でなければ間違いなく警察を呼ばれていただろう。
「くそッ、……なんで逃げるんだ」
りくとは確かにここにいた。無事な姿を見られて嬉しい反面、逃げられたことに大きなショックを受けている。
江之木は地べたに座り込み、頭を抱えた。
「りくと君、さっきの人──」
「先生にはなにも言わないで」
「でも」
「邪魔が入ったなんて知られたら……!」
「……うん、わかった。言わない」
「ごめん。ありがとう、みつる君」
関係者以外立ち入り禁止エリアの再奥にある通路の先で寄り添い合うふたりの少年の姿があった。
江之木りくと。
シェルターから無断で連れ出された保護対象者である。
「おや、こんなところにいたのか」
「先生!」
通路の角から現れた青年に声を掛けられ、りくとがすぐに駆け寄った。笑顔のりくとに対し、先生と呼ばれた青年……尾須部とうごも穏やかな笑みを向けている。
「ごめんなさい、トイレに行こうとしたら迷っちゃって」
「そうか。初めての場所だから仕方ないね」
「もう戻ります。……ねっ、みつる君」
「う、うん」
三人は連れ立って控え室へと戻った。
並んで歩く二人の後ろ姿を眺めながら、みつるは先ほど遭遇した男性のことを思い返していた。
『待て、りくと!!』
彼は確かにそう言った。
間違いない、話に聞いていたりくとの父親だ。こんな離れた場所でたまたま鉢合わせする訳がない。あの男性はりくとの後を追ってここまで来たのだ。
物心ついた頃には既に父親がいなかったみつるにはよく分からないが、それでも、あの男性から悪い印象は受けなかった。りくとの身を案じているのだと分かった。
それなのに、りくとは父親を拒絶した。
まだ短い付き合いのため、詳しい事情は聞いていない。みつるもまた複雑な家庭環境にあるが、りくとは何も聞いてこない。だから仲良くしていられる。
塾にいる間だけの繋がり。
しかし、シェルターの中で再会した時に不思議な縁を感じた。どこかも分からないような閉鎖空間で、二人で手を取り合って不安に耐えた。
そこに尾須部とうごが現れた。
学習塾の講師で、りくととは2年くらいの付き合いだという。りくとは彼によく懐いていて、まるで歳の離れた兄のように尾須部を慕っていた。穏やかで賢く冷静な大人の人で、みつる達が置かれている状況を分かりやすい言葉で説明してくれた。
「君達はこのシェルターに保護された」
「対価は保護者の命懸けの献身」
「江之木君は父親が。井和屋君は兄が」
「君達を生かすために彼らは死ぬかもしれない」
保護者がいなければ、まだ未成年で学生の二人は生きていくことも出来ない。
「安心しなさい。君達の保護者は生還した」
「敵の命を奪ったから生き延びた」
「現代の日本で殺人は最も忌むべき罪」
「もしこれが世間に知れたらどうなるだろうね」
りくととみつるは青褪めた。
自分を安全な場所に匿うために、父親が、兄が犯罪者になってしまった、と。
「だが今は戦時下。平時に人を殺せば重罪だが、戦争で敵を倒せば称賛される。まあ、平和ボケした日本ではどんな理由があろうと拒絶反応を示す輩はいるがね」
「裏で戦争を仕組んだ者がいる」
「そいつを
「君達の保護者の行為を正当化するために」
追い詰められた少年達は尾須部の言葉に従うほかなかった。大人の言う事を聞いていれば間違いない、そんな単純な気持ちではない。
ただ、大事な家族の役に立ちたいだけ。
「私の助けになってくれるかい?」
りくとは父親に、みつるは兄に負い目があった。自分がいるせいで無理をさせている、負担を掛けているという自覚があった。
それでも、尾須部を盲信しているりくとを見ているうちに、みつるはどんどん冷静になっていた。
尾須部は本当に信頼に足る人物か。
これは本当に家族の為になる事か。
万が一の時は、りくとを止めるつもりで同行した。彼には心配してくれる父親がいる。こんな場所まで探しに来てくれるような父親が。みつるには無い
「……にいちゃん……!」
誰にも聞こえないくらい小さな声で兄を呼ぶ。
その声がさとるに届かないことを知りながら、呼ばずにはいられなかった。
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