第七幕 奪還

第三十八話・深まる謎

 翌朝、朝靄煙る埠頭の道路を一台のバンが走っていた。運転しているのは社長だ。さとる達は後部座席に乗っている。

 アリは船着き場で漁船の手入れをするために残った。顔にある目立つ刺青のせいで人前に出るのが憚られるというのが同行しない表向きの理由。怪我と疲労でまだ思うように動けないというのが実際の理由だろう、と江之木えのきとさとるは気付いていた。


「本当に息子さんらはここに来るのかね?」

「それしか手掛かりがねェからな」

「とにかく現地に行って探します」

「今あそこは避難所になっとる。亥鹿野いかの市からの避難民を受け入れとるから混雑しとるぞ」


 ここ那加谷なかや市は被害を免れた。海沿いの迂回路バイパスで繋がっている埠頭の公的施設には隣接する亥鹿野市から大勢の住民が避難してきている。ポートピアホール那加谷もそのひとつだ。

 話をしている間に車は件の施設の前に着いた。広い駐車場には近隣ナンバーの車でいっぱいになっており、周辺道路にまで車が溢れていた。少し離れた場所に停車して降ろしてもらう。


「無事見つけたら連絡してくれ。迎えに来る」

「ありがとうございます」


 携帯電話と固定電話両方の番号が書かれた名刺を三ノ瀬みのせに渡し、社長はいま来た道を戻っていった。那加谷市はいち早く通信手段が回復した地域である。多少繋がりにくいが普通の電話も使える。

 社長の気遣いに感謝しながら、三人は歩いてポートピアホールへと向かった。


葵久地きくちさんの情報によれば、そろそろ阿久居あぐいせんじろうが会場に着く頃なのよね」

「ソイツを見張ってりゃ、りくと達も見つかるな」

「なにか行動を起こす前に見つけて確保しなきゃ」


 まずは会場に潜入して阿久居せんじろうを探す。

 避難民が多く、部外者が出入りしても咎められることはない。ホールの正面玄関は常に開け放たれており、早朝にも関わらずボランティアスタッフが炊き出しの支度で忙しそうに動き回っていた。

 三ノ瀬が壁に貼られたポスターを見つけた。今日行われる講演会の告知だ。場所は大ホール、開始時間は午後一時。大ホールにはコンサートが行われるようなステージがあり、座席が階段上に並んでいる。避難所となってからはここも開放されていて、椅子の上に横になって休む人の姿が多く見られた。


尾須部おすべ達は俺達より半日以上早くシェルターを出た。恐らく既に到着しているだろう」

「避難民に紛れてこの辺にいるかもしれないわ。取り敢えず、場所ごとに見て回りましょ」


 さりげなく大ホール内に侵入し、空いている場所を探すフリをしながら眠っている人々の顔を確認していく。手分けして体育館や会議室などの立ち入れる範囲を出来る限り見て回ったが、みつるとりくとの姿は見つからなかった。


「どうなってんだ。ここじゃないのか!」


 江之木えのきは苛立ちを隠せない様子で舌打ちした。さとるも焦りを感じ始めていた。

 講演会会場まで来ればすぐに見つかるような気がしていた。しかし実際に来てみれば、会場は人で溢れ、たった二人の少年を探し出すのは困難に思えてきた。

 その時、表からワッと歓声が聞こえてきた。

 何事かとそちらに向かうと、大きな貨物トラックと黒塗りの車が会場前に横付けされているところだった。


「先生、ありがとうございます!」

「いやいや、少しですが皆さんのためにお役立てください」


 会場のスタッフらしき女性がしきりに礼を伝えているのは、上等な黒いスーツに身を包んだ白髪頭の年配男性である。

 トラックには食料を始め、毛布や衣類などの救援物資がぎっしりと積まれていた。この辺りは被害には遭っていないが物流が滞っていて足りないものも多い。ボランティア達が総出で降ろした荷物の仕分けを始め、スタッフは阿久居を建物内へと案内した。


「あのおじさん、国会議員の阿久居だわ!」

「物資と共に登場たァ、人気取りか?」

「あいつを見張ってれば、みつる達が見つかる……」


 周囲に怪しまれないよう、三人は後を追った。


「取り巻きみたいなのがいるなァ」

「秘書かしらね?」


 阿久居の周りには常に二名の青年が付き従っている。一人は運転手のようで、車を邪魔にならない場所まで移動させるために離れた。もう一人は常に側に寄り添い、会場スタッフとの会話も彼が代わりに応えている。

 三人は阿久居を見失わないよう、遠巻きに様子を窺った。推測が正しければ、きっと近くにみつるとりくともいるはずだ。そして、彼らを連れ去った尾須部も。

 しかし。


「……おい、どういうことだよ」


 江之木は我が目を疑った。

 会場スタッフに誘導されて関係者以外立ち入り禁止のエリアに入る直前、阿久居に笑顔で声を掛けてきた黒いスーツ姿の青年の姿に見覚えがあったからだ。


 尾須部とうご。シェルター職員で、みつるとりくとを連れ去ったとされる人物だ。子どもを使い、裏切り者である阿久居に危害を加えるつもりではないかと考えられている。

 その彼がなぜ阿久居と親しげに話しているのか。

 呆然としているうちに、尾須部と阿久居はスタッフの案内で関係者以外立ち入り禁止エリアへと消えていった。避難民が誤って入ってこないよう、出入り口には常に見張りが立っている。


「……みつる達は近くにいないぞ」

「三人一緒にいると思ってたのに」

「ていうか、アイツはなんで阿久居と……知り合いかなんかか?」


 分からないことが多過ぎて三人は頭を抱えた。

 見張りがいる以上、立ち入り禁止エリア内部に入るのは難しい。とりあえず落ち着くために人気の少ない場所を探して座り込む。


「尾須部の親が地元議員の支援者だって報告があったよな。もしかしてそれが阿久居なのか?」

「ちょっと待って。葵久地さんに確認してみる」


 三ノ瀬が衛星電話でシェルターの葵久地に連絡を取り、現在の状況を説明し、今しがた見たことを伝えた。


『ええっ、尾須部とうごが阿久居せんじろう氏と? そんな情報は……。それに、彼の両親が支援しているのは別の議員ですよ。暮秋くれあきせいいち氏です』

「誰だソイツ」

『阿久居せんじろう氏と同年代の国会議員で、特に繋がりはなかったと思いますけど』


 同じ選挙区の対立候補でもなく、同じ党に所属しているわけでもない。阿久居せんじろうと暮秋せいいちには何の関わりもないのだという。


『暮秋せいいち氏には息子がいて、尾須部とうごは両親によって幼少期に引き合わされていたようです。でも、以前報告しましたけど、尾須部自身が政治的な活動に関わったという記録はありません』


 念のため暮秋せいいちとその息子について調べてもらうことにして、三ノ瀬は葵久地との通話を切った。


「阿久居暗殺云々は単なる推測だったから、そうでないならそれに越したことはねェんだが……」

「尾須部がみつる達と別行動している理由にはならない」

「ホントよ。勝手に連れ出しといて自分だけ違うとこにいるなんて考えにくいわ!」


 安全なシェルターから保護者の同意も得ずに未成年者二人を連れ出した。目的は不明だが、これだけは事実。尾須部がここに現れたということは、ひなたから得た情報に間違いがなかった証拠。

 ただ、みつるとりくとはまだ見つかっていない。


「どこにいるんだよ、みつる……!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る