第三十一話・一番会いたくない相手

 さとると江之木えのき三ノ瀬みのせの運転するステーションワゴンの後部座席に乗り、とある場所を目指していた。

 シェルターのある山間部から近隣の市街地へ入る。時折サイレンが鳴り響き、上空を自衛隊機が頻繁に飛び交っている。コンビニ、スーパー、ドラッグストア、ガソリンスタンドなどに長蛇の列が出来ており、人々の混乱と不安の大きさを物語っていた。


「この辺りは道路が無事だからまだマシよね。登代葦とよあしとか酷いらしいわよ〜。どんだけ死傷者が増えるんだか」


 ラジオから流れてくる各地の状況を聴きながら、三ノ瀬が溜め息をついた。

 真栄島まえじまチームと杜井どいチームが任務を成功させたおかげで被害地域がこれだけで済んだ。誇るべきなのだが、それでも全体の被害の大きさを知れば手放しで喜ぶことは出来ない。


「もうミサイルは飛んでこないんすよね?」

「多分ね〜。を理由に自衛隊が出たし、今回は国際法に引っ掛かりまくりだもの。宣戦布告もなしに大陸間弾道弾ブッ放されたんだから」

「た、大陸間弾道弾……!?」

「発射から着弾まで時間掛かるから迎撃システムで幾つかは落としたみたいだけど、全部は無理だったみたい」


 地対艦ミサイルのような近距離からの発射かつ飛翔時間が短いものは発射後に撃ち落とすことは難しい。もちろん事前に自衛隊の最新鋭の設備が使えれば、ある程度対応も可能だった。しかし戦争一歩手前の状態で敵を刺激するのは得策ではないと判断され、自衛隊は表立って動けなかった。だからこそ政府は秘密裏に協力者達を集めて破壊させたのだ。

 素人の寄せ集めのため成功率は低いが、何もせずにやられるよりはマシ、くらいのつもりだったのだろう。

 しかし、大陸間弾道弾に関しては敵対国内に設備がある。発射自体の阻止は無理だ。恐らく通信が復旧した際に本国に連絡がいき、発射に踏み切られたのだろう。


「はぁ、ホントに戦争みたいだなァ」

「とっくに戦争ですよ〜江之木さん」


 三ノ瀬の口調は軽いが内容は重い。

 戦争という極限状態に於いても守らねばならない最低限のルールがある。兵士や軍隊、軍事施設以外を巻き込むことは出来るだけ避けねばならない。

 民間人に多数の被害を出した以上、敵対国は世界中から非難を浴びるのは間違いない。しかし、世界から制裁される前に日本を完全に征服、支配してしまえばいいと考えているのかもしれない。


「あ、そうそう。さとる君これ」


 信号待ちの間に、三ノ瀬が懐から取り出したものを後ろに座るさとるに手渡した。


「何これ、ナイフ?」

「そぉ。堂山どうやまさんから預かったの。島では結局使わずじまいだったから役立てて〜って」

「そうですか……」


 ゆきえに対する感情は落ち着いてはいるがまだ複雑で、素直に喜べる心境ではなかった。だが、少しでも気に掛けてもらえたということが嬉しくて、さとるは受け取ったナイフを大事そうに胸に抱いた。

 実際は、シェルターに帰還した時点でナイフは返却されており、ゆきえがさとるのために云々のくだりは完全に三ノ瀬の作り話だ。気落ちしているさとるの士気を高める為の苦肉の策である。


「三ノ瀬さん、俺には?」

「じゃあコレあげま〜す」


 ポイッと投げて寄越された黒い塊、それは右江田うえだ愛用の特殊警棒だった。江之木は縮んだ状態の警棒を革製のホルスターから取り出し、興味深そうに眺めた。


「……そんで、この車はどこに向かってんだ? 那加谷なかや市はあっちだろ」


 案内標識を見れば、明らかに目的地である那加谷市とは違う方向へ進んでいた。


「一番の近道は亥鹿野いかの市を突っ切るルートなんだけど、市街地が壊滅してて通れないから別ルートから行きまーす」

「あ、そうか……。ん? じゃあ何処から? 亥鹿野が通れなきゃ、県外から回り込む道しかないんじゃ」

「だから別ルートなのよ〜」


 車はそのまま市街地から遠去かり、周辺に畑が広がる地域に差し掛かる。市や町の境界ごとに簡単な検問があったが、三ノ瀬の身分証で全て通してもらえた。

 通行可能なルートは出発前に葵久地きくちが調べておいてくれていたらしい。途中渋滞に巻き込まれるなどして時間は掛かったが、足留めを食らうこともなく目的の場所に辿り着くことが出来た。


「……なんで海?」

「……さあ……?」


 三人を乗せたステーションワゴンは小さな漁港の前で止まった。車から降りて海の方へと向かう三ノ瀬を追い、二人も歩き出す。

 湿った潮風が髪にべったりとまとわりつく感触に、さとるは昨日のことを思い出していた。無人島での任務を終えて船で帰還した時もこんな風が吹いていた。

 まだ明るい時間帯にも関わらず、小さな港には人気が全く無かった。既に今日の漁を終えたのか、他所の被害状況を見て自粛しているのか。岸壁に繋がれた大小の漁船が波に揺れている。


「やぁ、待ってたよー」

「……!」


 並ぶ船の一つから降りてきた男が気安く声を掛けてきた。その男の顔を見た途端、さとるはあからさまに顔をしかめた。


 漁船から降りてきたのはアリだった。胡散臭い笑みを浮かべながら手招きしている。


「三ノ瀬サン、昨日ぶりー」

「またまたすいませ〜ん! 休めました?」

「んー、スコシねー」


 笑顔で挨拶を交わす三ノ瀬とアリを見て、さとるは苦虫を噛み潰したような表情で立ち止まった。

 昨日の船内でのやり取りが思い出され、怒りや羞恥などの感情が腹の底で渦巻く。彼は何も間違っていないが言い方がいちいち気に触る。もう二度と会うこともないだろうと思っていた矢先の再会に気まずさを感じていた。


「ねえ三ノ瀬さん、なんでまたコイツと?」

「陸路で行くのは遠回りだし間に合わなくなるかもしれないから船でって真栄島さんが提案してくれたの〜」

「ああ、そう、ですか……」


 那加谷なかや市は海に面しており、件の講演会は埠頭にあるイベント会場で行われる予定となっている。制限のある陸路より海路の方が早い。

 みつる達を探すための確実な移動手段だと、さとるは自分に言い聞かせた。


「こっちこっち、この船ねー」


 そう言いながらアリが指差したのは、昨日の小型自動車運搬船ではなく古びた漁船だった。全長十五メートルほどの船が船首を岸壁に向けて停泊している。


「さあ乗って乗ってー」

「はァ!? どうやってだよ」


 繋げてあると言ってもロープで係留しているだけ。岸壁と船首までは一メートル以上空いている。落ちれば海だ。それを見て江之木えのきが尋ねると、アリは事も無げに跳躍して船へと移った。


「こーやって」

「……おまえ」


 ニヤニヤとわらうアリに対し、江之木は不快感を露わにしている。初対面の怪しい男におちょくられて平常心でいられるはずもない。やはりこの男相手に怒るのは普通なのだ、自分の心の狭さとは関係ないのだと、さとるは妙な安心感を覚えた。


「もう、意地悪してないでくださいよ〜」

「ごめんね三ノ瀬サン、面白いんでつい」


 三ノ瀬に促され、アリはデッキに置いてあった長い板を岸壁に渡して足場を作った。幅三十センチもない板の上を歩いて渡り、無事全員が漁船へと乗り込んだ。


「おいあんちゃん、さっきの聞こえたぞ!」

「わあ、怖い怖ーい!」


 怒鳴られたアリは、ケタケタと笑いながら操舵室へと走って逃げていった。


「アイツ、なんかこうイラッとすんなァ」

「……分かります」


 江之木の率直な言葉に、さとるは何度も頷いた。


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