第六幕 追跡

第三十話・保護対象者奪還チーム


 井和屋いわやみつる。

 江之木えのきりくと。


 二人の少年が保護先のシェルターから忽然と姿を消した。情報を探るうちに、一人の青年の名が上がった。


 尾須部おすべとうご。


 学習塾の講師で現在は同じ系列の違う塾に勤務。りくととは面識があり、シェルター内で三人で話しているところを目撃されている。そして、彼も同じ頃に行方をくらませている。

 偶然ひなたが耳にした会話の内容から、三人の行き先の手掛かりになりそうな場所が浮上した。明後日那加谷なかや市で開催される国会議員、阿久居あぐいせんじろうの講演会である。


「こんな時期に、国会議員の講演会を聞きに行くためだけに無断で未成年を連れ出すなんて考えにくいわ」

「ですよねえ、中学生の男の子が興味を持つような話でもないですし」

「そっ、そうなんですけどぉ……」


 杜井どい真栄島まえじまの指摘に、情報を持ってきた葵久地きくちは自信を失ったかのように語尾を弱めていく。

 これまでずっと黙っていた三ノ瀬みのせが「あの〜」と前置きをしてから話し始めた。


「三人で外に出たとして、シェルターは山の中だし、移動手段がないと思うんですけど〜」

「昨夜外扉が開閉されたのは三回。そのうち二回は真栄島さんと杜井さんのチームが帰ってきた時ですね。その数時間前に別チームの協力者達を迎えに行くマイクロバスが一台外に出ているので、その車内に潜んでいたんじゃないかと」


 監視カメラも全ての場所を映しているわけではない。最上層のホールならば、出入り口である大扉とエレベーター前。居住エリアなら通路のみといったように、撮影箇所はごく僅か。上層階に移動するだけなら非常階段もあるし、送迎用のマイクロバスはホール内に停めてある。事前に車内に忍び込んでおけば外に出ること自体は可能だ。


「例えば、マイクロバスに内緒で乗って、トイレ休憩とかで止まった時にこっそり抜け出せたとして、それから? 今の状況じゃタクシーも営業してるかわかんないし、路線バスや電車だって動いてないでしょ」


 沿岸部にある都市が爆撃を受けてからまだ丸一日も経っていない。乗客を乗せた状態で何かあれば交通機関の責任となる。道路や線路はところどころ被害を受けている。安全が保障されるまで少なくとも数日は運休となるだろう。つまり、移動手段がない。


「……外に仲間がいる、とか?」


 さとるの言葉に全員が唖然とした。


「もしそうだとしたら、計画的に連れ出したことになります。こんな状況になるなんて私達勧誘員のようなごく一部の人間しか知らなかったはずなんですよ。それを、いや、ううむ」


 最年長の真栄島はこめかみに手を当てて唸った。

 この件に巻き込んだのは勧誘員である。勧誘員は国から選ばれてはいるが、条件は協力者達と同じ。家族の保護と引き換えに命を懸けている。他のシェルター職員もそうだ。だからこそ事前にきっちり身元調査を済ませている。その調査に引っ掛からない程度の部分に、今回の未成年者連れ去りの理由になるような事柄があったのかもしれない。


「とにかく手掛かりはそれしかないんだろ。だったら、空振り覚悟で行ってみるしかねェ!」

「ちょっと待ってください!」


 会議室から出て行こうとする江之木を、杜井が咄嗟に引き止める。


「外は危険です! 私が探しに行きますから江之木さん達はシェルターで待機していてください。もしかしたら入れ違いで帰ってくるかもしれないですし」

「……杜井さん、りくととは迎えに来た時に一回会っただけだろ。りくとがアンタの手を取るとは思えないなァ。だから俺が行かなきゃ」

「でも、」

「さっきはつい怒鳴っちまったけど、アンタらが悪いわけじゃない。杜井さんだって子どもいるんだろ? だったら、よその子どものために危険な場所に行っちゃダメだよ」


 その言葉に、杜井は黙って俯いた。

 死地を乗り越え、ようやく生きて帰ってこれたのだ。その矢先にこの行方不明事件が起き、我が子と再会してからまだ碌に話せていない。

 そういった事情を知っているからこそ、江之木は杜井に任せて自分だけ安全な場所にいようとは思わなかった。


「じゃ、私が付いていきま〜す!」


 その辺のカフェに行くような気軽さで三ノ瀬が手を挙げ、保護対象者奪還メンバーが決まった。

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