第二十九話・三人の行方
冷静さを取り戻すために小休止が挟まれた。
「葵久地さん、
「えーと、今ちょっと人前に出せる状態ではないですね」
「他のご遺族の方にも順次伝えていく予定ですけど、ご遺体がないので話しても信じてもらえるか……」
「そうだね、時期をみて話をしてみよう」
真栄島のチームの犠牲者は二人。
多奈辺の遺体は運良く発見して連れ帰れたが、もう一人……
安賀田の妻、ちえこはシェルター内にある医療施設に入院している。外の状況と夫の安否はまだ伝えていない。ここを普通の病院だと信じているかもしれない。迷惑を掛けたくないのか自分からあれこれ尋ねるようなことはせず、大人しく治療を受けている。
「ウチも犠牲者を出してしまいましたが、遺体を回収する余裕もなく現地に置き去りです。有人の島なので、地元の警察が身元不明の遺体として回収してくれていることを願うばかりです」
そう言いながら視線を落としているのは
「残されたお子さんになんと説明するべきか……まだ小学校低学年なんですよ。今から頭が痛いです」
杜井はこめかみに手を当て、深く息を吐き出した。
「行方不明の件もありますからね」
「そうなんですよ! ああ〜、江之木さん怒ってますよね……私だって同じこと言われたらキレ散らかす自信ありますし」
「とにかく誠意を持って対応しましょう。葵久地さんは聞き込みを。何か新しいことが分かり次第知らせて下さい」
「了解です!」
葵久地は情報収集のため別行動となり。真栄島と杜井は会議室に戻った。
先ほどは怒鳴り散らしていた江之木も、時間を置いたことで冷静さを取り戻している。三ノ瀬と共に医療施設に行っていたさとるも、処方された薬を飲んで再び会議室にやってきた。
説明役は杜井が務める。
「えー、居住エリアのスタッフの話では、昨日の夜七時頃に食堂で夕食を済ませてから二人の姿を見ていないそうです。部屋で休んでいると思っていたそうなんですが、深夜の見回りの際に発覚した、と」
昨夜さとる達が泊まったのは成人用の個室フロア。それより下層に保護者不在の未成年者専用居住フロアがあり、みつるとりくとは他の保護対象者と共に男性用の大部屋で寝泊まりしていたという。
シェルターに来てからまだ二日。ルームメイトと仲良くなるまでには至っていない。また、新たにシェルターに送られてくる人々もいる。多少人数が増減しても、同室の子ども達は不審に思わなかったようだ。
「間違って外に出ちまったんじゃないのか?」
「このシェルターは職員以外が自由に出入りすることは出来ません。ホールの外扉は常時ロックされていて権限がないと開けられないんです。ましてや、子ども達だけでウロウロしてたらすぐに見つかります。監視カメラもありますから」
「現に居なくなってるじゃねーか」
「そ、そうなんですよね……でも、もし誤って出ただけなら近くにいるはずですし……」
もう怒鳴りはしないが、江之木は不機嫌さを隠そうとしない。向かいに座る杜井達を睨みつけている。
保護対象者の管理はシェルター側の義務だ。協力者として、きっちり役目を終えてきた江之木やさとるには怒る権利がある。だが責任を追及する前に、とにかく行方不明の二人を探さねばならない。今や外の世界は安全とは言い難い。いつどこで何が起こるか分からないからだ。
「それと、シェルター職員が一名居なくなってまして現在調査中です。時期的に、二人の件で何か関わりがあるかもしれません」
そう言って差し出された書類には一人の男性の顔写真と略歴が書かれていた。
二十代後半の青年で、シェルター内での未成年者教育要員として採用されたうちの一人。もちろん事前に身辺調査は済んでおり、偏った思想の持ち主ではないとされている。
「──コイツ、どっかで見たような……」
姿を消したシェルター職員の写真を見て、江之木が反応を示した。杜井の手から書類をひったくって確認する。
「……やっぱり、塾の先生だ」
「え、お知り合いなんですか」
「いや、りくとを迎えに行った時に何度か挨拶した程度なんだが、左目の下に二つ並んだホクロがあるだろ? だから覚えてたんだ」
尾須部とうごは
「馬喜多市駅前の塾って、みつるが通ってるとこだ」
「じゃあ、りくと君達は尾須部さんを知ってるってことですか」
「うーん、この書類だと三ヶ月前に他の市に転勤してるってなってるし……みつるが塾に入ったの、つい最近なんすよ。だから会ったことはないと思います」
さとるの言う通り、みつると尾須部の在籍の時期は被っていない。ただ、江之木の息子りくととは面識があるのは確かだ。
「もしかして、りくと君とみつる君はお友達なのかしら。他の職員が二人で一緒にいるところを何度か見掛けたらしいの」
「ウチは隣の市から通ってるから中学は違うよな?」
「ですね。塾に入ってから仲良くなったのかも」
さとる達は馬喜多市、江之木は隣の
江之木の勤務先は馬喜多市の駅付近にあり、仕事帰りに駅前の学習塾にりくとを迎えに行くのが日課となっていた。ちなみに、現在馬喜多市の駅前周辺は壊滅しており、件の学習塾が入っているビルも被害に遭っている。
「え、待って。塾の先生だった人がみつる達を連れてどっか行ったってこと? なんで?」
「まだそうと決まったわけではないですけど、居なくなった三人には繋がりがあったということですね」
尾須部とりくと、りくととみつるはそれぞれ面識があった。尾須部とみつるには直接接点はないが、りくとが間に入ったとすれば有り得る。
「昨日の夕食後なら沿岸地域に爆撃があったと知っているのでは? そんな時にわざわざシェルターから出るでしょうか」
「保護対象者にはまだ外で何が起きているかを知らせていませんが、シェルター職員なら全員把握しているはずです。理由もなく外出するなんて考え辛いですよね」
全員が頭を悩ませていると、息を切らせた
「失礼します! あの、もしかしたら三人の行き先が分かったかもしれません!」
「えっ!?」
葵久地は手にした数枚の書類をテーブルに広げた。
「実は、
やはり尾須部は二人に接触していた。
ひなたが聞いたのは『
「それを元に調べたら、明後日那加谷市で国会議員の
プリントアウトされているのは、その講演会の会場となるホールの周辺地図と講演会のポスター。そこに映る阿久居は朗らかな笑みを浮かべた白髪頭の年配男性である。
「……国会議員の講演会か……ますます中学生には関係がないように思えるんだけど」
「私もそう思います」
だが、ようやく三人の行き先の手掛かりになりそうな情報が手に入った。
「オレ、探しに行きます」
「俺もだ。りくとを必ず連れて帰る!」
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