第二十六話・被害状況
港に到着してすぐ現れた迎えの車に、さとるもゆきえも驚きを隠せなかった。
「島を出る前に連絡を入れておいたんですよ。その時に本土の状況を教えてもらいました」
「そうだったんですね。あの、この人は」
「彼女は我々の仲間の
「はじめまして。よろしくお願いいたします!」
「
「あ、はい」
こちらは自己紹介をしていないのに何故名前を知っているのだろう、とさとるは不思議に思った。
彼女こそ情報担当として協力者候補をリストアップし、様々な個人情報を収集した人物である。顔写真は元より、家族構成やそれぞれの抱える事情など、ネット上に記録がある範囲ならば全て把握している。そうとは知らないさとるは彼女を警戒した。
その時、ゆきえがその場に
「そうだ、病院! 堂山さん怪我してるんです」
さとるは慌てて隣に座り込み、ゆきえが倒れないように身体を支えた。そうしなければ、ゆきえは今にも地面に転がりそうだったからだ。背中に添えた手にも熱が伝わるほど体温が上がっている。傷口から細菌が入り込んだのだろう。
「銃弾が足を掠めたの。血は止まってるみたいだけど、痛み止めを飲ませたくらいで何も処置できてないのよね」
「……銃創ですか。じゃあ一般の病院は避けた方がいいかも。そうでなくても、今はどこの病院も手一杯ですから」
太平洋沿岸にある地方都市にミサイルが落とされたことで多数の死傷者が出ている。直接被害に遭っていない地域にも怪我人が随時搬送されており、すぐに診てもらえる保証はない。命に関わる大怪我でもない限り後回しにされる可能性が高い。
それに、一般国民に今回の作戦は一切明かされていない。普通の医療機関に銃創のある患者を連れ込むのは危険だ。
「ここからだと時間は掛かりますけど、やはりシェルターに直行しましょう。内部に医療施設がありますから、そこで治療を受けてもらいます」
「そうだね、それがいい」
「でも、……わかりました」
シェルター直行の提案に、さとるが難色を示した。今すぐゆきえを病院に連れて行きたいが、それを許さぬ状況だということは理解できる。そこへ真栄島が葵久地の案に賛成したものだから、これ以上口を挟むべきではないと判断した。
葵久地の運転するステーションワゴンの助手席には真栄島が、後部座席の背もたれを全て倒してフルフラットにした状態で毛布を敷き、そこにゆきえを寝かせた。さとるは寄り添うように座っている。
軽トラックは三ノ瀬が運転し、
荷台に載せられている
勧誘員たちは国の意向で動いてはいるが、一般の人々や末端の警察官などはそれを知らない。下手に騒がれでもしたら無駄に時間を取られてしまう。
「アリ君、色々ありがとう」
「はいはーい。またね真栄島サン」
船の停泊については葵久地が事前に港湾管理者に申請して許可を貰っているが、今回はあくまで一時寄港。平時ならともかく現在は有事。アリのような怪しい風貌の日系人がウロついていれば嫌でも目立つ。長居は出来ない。
船が再び沖に向けて出航する頃、二台の車は
「高速道路が使えないので下道を走っていきますね。今日中には着けると思います」
運転しながら、葵久地が申し訳なさそうに告げる。さとるが焦っているのが伝わっているのだろう。
「県内の被害状況は?」
「
「そうか……」
亥鹿野も登代葦も海に面した都市だ。他チームが担当した地域のミサイルが元々照準を合わせていたのだろう。
「この辺りはまだコンビニやスーパーも普通に営業してます。陸路での流通が滞りそうなので、明日以降はどうなるか分かりませんけど」
「被害のあった地域から避難する人も多いだろうしね。シェルター内に備蓄があるとはいえ、外の世界がこうなると──」
「真栄島さん?」
急に言葉が途切れ、葵久地が横目でチラリと隣の様子を窺った。助手席に座る真栄島は、後部座席を見ながら口元に人差し指を立てている。
「静かに。……どうやら眠ったみたいだ」
「真栄島さんも寝れそうなら休んでください」
「いや、私はいい。ありがとう」
眠るゆきえとさとるの姿を、真栄島は目を細めて見守った。
島から脱出したのが昼前。
宇津美港に着き、そこから出発したのは夕方。
葵久地の運転するステーションワゴンを先頭に、幅の狭い抜け道を走り続けている。途中のコンビニで、ゆきえの額と傷を冷やすための氷と飲み物を買ったくらいで他に寄り道はしていない……というより、出来なかった。
流通が途絶えることを恐れた住民による買い占めが起き始めていたからだ。既に各地の状況はテレビなどで報道されており、今回直接被害がなかった地域も危機感を募らせている。
更なる爆撃があるのではないか。食べ物や日用品が手に入らなくなるのではないか。実際高速道路は一部の区間で通行できなくなっている。そう考えるのは当然のことだ。
すれ違う車はみな安全な場所を求めて彷徨っている。その流れに逆らうように、二台の車は夕暮れの空の下を走り続けた。
港を出発してから数時間。
辺りがすっかり闇に包まれた頃、山奥にあるシェルターへと到着した。曲がりくねった山道に差し掛かった辺りから、さとるもゆきえも目を覚ましている。
真栄島がどこかに電話すると、大きな扉が音を立てて開いた。内部は明るい。そのまま中へと入る。待ち構えていた白衣姿の医療スタッフが、すぐにステーションワゴンへと駆け寄った。ゆきえを車から降ろし、担架へと移す。ようやく怪我の治療を受けさせられることに、さとるは安堵の表情を見せた。
「今日はもう遅いので休んでください。明日の朝、改めてお話させていただきますので」
「は、はい」
「わかりました」
ゆきえは治療のため医療施設へ、さとるは個室へと案内された。個室はベッドがあるだけの狭い部屋で、トイレや風呂はフロアに共同で利用するものが幾つかあるのだと案内係から簡単な説明があった。
移動中に少し眠ったが、まだ疲労は抜けていない。さとるは考えることをやめ、充てがわれた部屋のベッドに潜り込み、すぐに意識を手放した。
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