第二十五話・悪い人
「……オレ達は任務を終わらせたのに、それなのに、町が壊されたって、なんだよ」
さとるは怒りで声を震わせた。これまで取り繕っていた言葉遣いも戻ってしまっている。
彼の勤め先の工場は郊外にある。しかし、掛け持ちのアルバイト先である居酒屋や弟の通う中学校や学習塾は駅の近くにある。先ほどの話が本当ならば、何らかの被害を受けているだろう。
ゆきえの住む団地は駅からやや離れているが、勤め先である保険代理店が駅近くの雑居ビルに入っている。職場はどうなったか、同僚は、顧客はと考えているうちに立っていられなくなった。崩れるように壁に凭れ、真っ青な顔で窓の外を見つめている。
「──自分らは頑張ったのにー、って?」
嘲笑うような声が響いた。アリだ。
彼は顔だけ振り返り、操舵室の出入り口そばで憤るさとるに話し掛けた。その顔には普段通りの胡散臭い笑みが張り付いている。しかし、今まで彼がこんな風に挑発的な言葉を投げ掛けてくることはなかった。
「ねえ、ホントに分かってるー? ホントは自爆覚悟で全員突っ込んでミサイル壊すのが妥当くらいに考えてたんだよー? それなのに、こんなに生きて帰ってこれたのは
車を改造して
犠牲者はたったの二人。
車は三台も戻ってきた。
その言葉に、さとるは黙り込んだ。
自分達が生還出来たのは
「それに、君らの担当したトコは割と簡単な場所だったんだからねー。他のトコが失敗したからって怒るのは筋違いよー」
作戦は同時進行。
難易度は担当する場所によって異なる。
今回、
しかし、住民の目がないことで地対艦ミサイル搭載の大型軍用トラックが持ち込まれた。破壊対象の耐久力は高いが、目的を『ミサイル制御装置の破壊』に定めれば比較的簡単な任務と言える。
ちなみに、『難易度』はあくまで任務遂行に対するもので、協力者達の生還率とは関係ない。
「そ、そんなこと、言われたって」
「さとる君!」
アリから責められたように感じたのだろう。さとるの心が大きく揺らいだ。白くなるほど強く握りしめられた拳が震えているのを見て、ゆきえが慌ててその手を取った。早く平静さを取り戻させないと船内で乱闘が起きるのでは、と思ったからだ。
「あの、私達、やっぱり車で休みます」
「その方がいいでしょう。ゆっくり休んでください。……
「はーい! 私も行きまーす」
三ノ瀬は足の負傷でうまく歩けないゆきえに肩を貸し、落ち込むさとるに明るく話し掛けて空気を変えつつ、下の船室へと移動した。
それを見送った後、真栄島は操舵室に入って内から扉を閉めた。
「アリ君、どうした。君らしくないね」
「ハハッ、……あー、ちょいイライラしてたかも。あんな若い子に当たるなんてダメだよね」
アリにも色々思うところがあったのだろう。
港で制圧した兵士達はみな彼の祖国の人間だ。敵対していたとはいえ、意思の疎通が出来る相手を殺したのだから、平然としていられるほうがおかしい。
「大丈夫。君は正しいことをしたのだから、そんなに自分を責めてはいけないよ」
「んー、そうかな。そうだよねー」
慰めの言葉に、アリはすぐに持ち直した。自分の犯した罪を誰かに肯定して欲しかっただけかもしれない。
「……真栄島サンも悪い人だよね。あんな責任感強そーな人をリーダーにしたら、そりゃ成果出すまで現場離れないもんね。分かっててやったでしょー」
「そうだね、私が一番悪い」
「うわあ、怖いこわーい!」
ケラケラ笑いながら、アリは真栄島の肩を何度も叩いた。
陸が近付いてくると、遠くから微かにサイレンの音が聞こえてきた。不安を掻き立てるような音色に時折混じるアナウンス。それは船室にも届いた。
さとるはもう一度船室から出て狭い階段を登り、操舵室手前の通路にある窓から外を眺めた。
先ほどより陸地が近く、沿岸にある建物の色形まで視認できる。遥か遠くの市街地からは相変わらず黒い煙が上がっているが、この辺りは民家も疎らだからか被害を受けていないようだった。
サイレンは被害を受けていない町の防災行政無線のスピーカーからも延々と流れている。
「さとる君、船酔いは大丈夫ですか」
「あ、はい。さっき薬飲んだんで」
真栄島に声を掛けられ、さとるは素っ気なく返事をした。先ほどアリと一触即発に成りかけた気まずさもあり、まともに顔が見られない。
「もうすぐ陸地に着きますよ」
「は、はい。でも、ここは?」
行きに利用した
「登代葦は主要道路が潰れて通行出来ないそうなので、私達は
宇津美は同じ県内にある小さな町だ。近年町興しの一環でマリンレジャーに力を入れており、知名度が高くなっている。しかし高速道路や鉄道の駅もなく、不便な立地であることから被害に遭わずに済んだ。
小さな漁港に不釣り合いな大型船が侵入していく。陸地から長く伸びた堤防の内側に回り込み、徐々に奥へと進む。
ランプウェイがある側を岸壁に付けるようにして止まると、アリが操舵室から飛び出してきた。バチッと視線が合うが、さとるはすぐに逸らした。その様子を鼻で笑ってから、アリは船の係留作業のために走り去っていった。
「……ヤな奴」
さとるのこぼした小さな呟きに、真栄島は苦笑いを浮かべるほかなかった。
ここで船から車を下ろし、シェルターのある場所へ直接向かうことになった。事前に連絡があったのだろうか。見慣れぬ大きな船が港に停泊したというのに、地元の人間は遠巻きに眺めるだけで近付いては来ない。
「この二台はもう遠くまで走れないよー。ここに置いていきなー」
下ろした車のうち、二台の軽自動車に対してアリがストップを掛けた。
無反動砲の筒をエンジンルーム内に通す際、ラジエーターのクーリングパネルを従来のものより小型に取り替えている。その他、邪魔な配管を曲げたりパーツを替えたりして改造してある。島での特攻に耐え得る性能さえあれば済むからだ。撃った際の衝撃が内部に影響を残している可能性もある。長距離移動の途中で壊れても修理出来ない。
軽トラックの荷台に乗って移動するわけにもいかない。どうしたものかと、さとるとゆきえは頭を悩ませた。
「もうすぐ迎えが来るから大丈夫ですよ」
そう言って、真栄島はにっこり笑った。彼は衛星電話を手に、余裕の姿勢を見せている。
「えっ、誰が迎えに来るんですか」
「私達の仲間です」
その言葉通り、数分もしないうちに一台のステーションワゴンが港の敷地に侵入し、船の目の前までやってきた。
「こんなところまでありがとう、
「いいえ、任務お疲れ様でした!」
運転席から降りてきたのは、眼鏡を掛けた長髪の若い女性だった。
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