第五幕 帰還
第二十四話・無数の黒煙
軽トラックの荷台に毛布に包まれた遺体を積み、
狙撃を無視して走り抜けていれば良かった。
トランクに
車を降りる多奈辺を強く引き止めれば良かった。
もっと早くに探しに行けば良かった。
声に出さなくても後悔と懺悔が聞こえてくるようで、右江田が落ち着きを取り戻すまでの数分間、
港に着くと、あちこちに薬莢や壊れた武器が散らばっていた。コンクリートの地面には大量の血痕があり、何かを引き摺ったような痕が岸壁の方まで続いている。ここでも激しい戦闘があったのだろう。
「おっかえりー! ちょうど片付いたトコよー」
呑気な声が遠くから聞こえ、全員の視線がそちらに集中した。やや離れた堤防の途中に立つアリの姿がある。彼は笑顔で手を振りながら、足元に転がる塊を海に蹴落としている最中だった。
「ハイッ、これでおしまーい!」
ドボン、と何かが海に落ちる音が響く度に大きな水飛沫が舞う。アリは跳ねた海水で濡れた手を軽く払いながら胡散臭い笑みを浮かべ、ゆっくりと三台の車に歩み寄ってきた。
「アリ君、大変だったようですね」
「ホントよー。海から新手が来るとか聞いてなかったからビックリしたよー!」
七台の車が島に上陸した後、すぐ敵の正規兵十数人が乗った漁船が到着した。流石に一人で全員を相手にすることは不可能。持ち前の交渉力と愛想で何とかやり過ごしていたのだが、その内に山頂で爆発が起きた……ということらしい。
言い訳が通用しない事態に陥り、アリは一気に針のむしろに立たされた。
何人かが様子を見に住宅街の各拠点に戻る中、半数は港に残った。地対艦ミサイルを破壊した侵入者を手引きしたアリに報復するためだ。
しかし、彼らは選択を誤った。
報復するなら
「人数が減ったから何とかなったよー」
「それは何よりです」
たった一人で七、八人の正規兵と相対し、全員倒したという。しかも無傷で。彼の作業服には返り血ひとつ付いていない。真栄島達が戻る前に死体を全て海に捨てて片付ける余裕まであった。
「アイツらのせいで船が更にボロっちくなったけど、フツーに動くから安心してねー!」
彼は島から脱出する唯一の手段である船を守っていた。
小型の自動車運搬船は何十発もの弾丸を受けて酷い有り様だが、エンジンや操舵室は無事だった。航行には何の問題もない。
「さあ、帰りましょう」
この島での役目は終わった。
目的は達成したが、失ったものが大き過ぎて誰も素直に喜べなかった。
車を積み込み、船は出航した。徐々に遠ざかっていく島の姿を、さとるとゆきえは複雑な心境で眺めていた。
島の中央に位置する山、その山頂からはまだ黒煙が上がっている。あそこで
車が四台減ったことで、行きに比べれば船内には余裕があった。しかし、至る所に血痕が散っていて寛げるような環境ではない。畳スペースも同様。それに、軽トラックの荷台には多奈辺の遺体がある。
「ごめんねー!この中でもチョットやりあっちゃったからさー。一応片付けたんだけど、血の跡まではねー!」
何を片付けたかは聞くまでもない。
船室に居辛くなり、右江田以外の全員が操舵室付近に集まった。自動車運搬船とは言っても操舵室は狭いので、そこに繋がる通路に固まっている状態だ。底抜けに明るいアリの側で、彼の呑気な声を聞いて現実逃避したいだけなのかもしれない。
「……あの、私達はこれからどうなるんですか」
ゆきえが小さな声で尋ねたのは今後のこと。
命と引き換えに家族をシェルターに保護してもらった。その任務が終わった今、生き残っている者はどうしたら良いのか。それを問うているのだ。
「貴方がたは役目を果たしてくれました。その功績で、ご家族のいるシェルターに入ることが出来ます」
「え?」
「兵器は壊したんですよね。それなのに、まだシェルターに入る必要があるんですか。みゆきを連れて家に帰っては駄目なんですか」
地対艦ミサイルは破壊した。
脅威は無くなった。
だから、日常に戻れると期待した。
「……確かに
「あっ……」
行きの船で説明を受けたことを思い出す。
『我々が向かう島以外にも、敵国の軍事施設がある場所が十数ヶ所判明しています。貴方がたの他に、全国で百名以上の民間人の方に協力していただいております』
「え、でも、じゃあ、他でも任務が終わっていれば、戦争は……」
「残念ながら、全てが成功した訳ではありません。返り討ちに遭い、全滅したり任務を遂行出来なかった場所が半数近くあったと報告がありました」
「そんな、じゃあ」
操舵室に繋がる通路には窓があり、外を見ることが出来る。鱗状に残る潮の跡で見え辛い窓ガラスに張り付き、ゆきえとさとるは前方を注視した。
「仲間からの情報によると、どうやら太平洋側の沿岸地域にある地方都市にミサイルが撃ち込まれたようです。……貴方がたの住んでいた地域も、駅周辺を中心に壊滅状態となっているそうです」
海原の遥か向こうに見える陸地の影。
そこから立ち上る無数の黒煙が事態の深刻さを物語っていた。
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