第二十七話・思わぬ報告
見慣れぬ天井に、さとるの意識が一気に覚醒した。勢い良く上体を起こし、周りの状況を確認する。
シングルベッドのみの何もない狭い室内。出入り用の扉があるだけで窓はない。壁にあるのは室内灯と空調の換気口だけ。時計もなく、今が何時かすら分からない。
ベッドから降り、ドアノブに手を掛ける。鍵は掛かっておらず、扉はすんなり開いた。
「…………どこ?」
無機質な白い壁と廊下が左右に広がっている。同じような扉が向かいにも等間隔に並んでおり、部屋の中は同じ造りなのだろうと想像がついた。下手に動いたら自分のいた部屋を見失いそうで、さとるはわざと扉を開けっ放しにしておいた。
しん、と静まり返る廊下を歩く。無数に並ぶ扉と違う場所を視界の端に見つけ、とりあえずそこに行ってみたが、ただのシャワールームとトイレだった。
昨夜、案内係から簡単な説明を受けていたことを思い出し、ここはシェルターの中なのだと再確認する。まだ夜明け前の時間帯なのだろうか。他の人の姿は見当たらない。気配もない。静か過ぎる空間に、好奇心より不安が大きくなる。
さとるは探索を切り上げ、すぐに先ほどの部屋へと戻った。再びベッドに転がり、今までのことを振り返る。
ある日突然
「そうだ、みつる……」
もう二度と会えないと思っていた。でも、こうして生きて戻ってこられた。別れてから丸二日。早く無事な姿を見せて安心させたいと気持ちばかりが
数時間後に案内係が呼びにくるまで、さとるは眠った。車に積んだままだったカバンがいつのまにか運び込まれている。シャワーを浴びてから着替えて身支度を整えてから、別のフロアへと案内された。
先ほどまでのフロアと違い、こちらには人の気配がある。シェルターのスタッフらしき人達がすれ違いざまに「おはようございます」と声を掛けてくる。その度に、さとるは曖昧な笑みを浮かべて軽く頭を下げた。
通された部屋は小さな会議室だった。窓はないが、中央に大きなテーブルがあり、それを囲むように椅子が置かれている。
中では真栄島と
「さとる君おはよう。よく眠れましたか」
「あっハイ、おはようございます……」
指定された椅子に腰を下ろしながら、さとるは出入り口をちらりと見た。
他には誰も来ないのだろうか。
ゆきえは、
そう考えているのが伝わったのか、真栄島から「あと二人来るまでお待ち下さい」と声を掛けられた。
しかし、やってきたのは知らない人物だった。
会議室に入ってきたのは三十代後半くらいの男女。一人はピシッとしたパンツスーツスタイルの女性、もう一人は私服姿の、あご髭を生やした気怠げな男性である。
「
「お待たせしてすみません、真栄島さん」
杜井と呼ばれた女性は真栄島の隣に、男性はさとるの隣の席に促されて腰掛けた。先ほどまで寛いでいた
五人がテーブルを囲んだところで話が始まった。
「この度の任務、お疲れ様でした。貴方がたはしっかり役目を果たしてくださった。……本当にありがとうございました」
真栄島に合わせ、左右に座る杜井と三ノ瀬も立ち上がって深々と頭を下げた。改めて礼を言われ、さとると男性は狼狽えた。
「おいおいおい、やめてくれよそんな真似は」
「いえ。この二チームは兵器の破壊に成功しました。作戦の内容上
「ああ〜ッ、だから、こっちだって子どもを保護してもらったんだ。取り引きだろうが」
大袈裟な真似を嫌い、男性が呆れたようにボヤいた。その言葉に、さとるも全面的に同意した。
住んでいた町は市街地が破壊されたと聞いている。シェルターで保護してもらっていなければ、今頃どうなっていたか分からない。
しかし、真栄島と杜井はまだ頭を上げない。三ノ瀬は隣と向かいを交互に見て困惑している。
流石に不審に思い、さとるは椅子から立ち上がり掛けた。ここに呼ばれたのは別に理由があるのではないか、そう感じた。
「なあ杜井さん、うちのチームの他の奴は? なんで俺だけ呼び出されてんの」
「
直接問われ、杜井は言い淀んだ。表情に出ないように努めているが動揺している。真栄島も同じような反応だった。
「まず、我々はお詫びせねばなりません」
「なんだよ」
顔を上げた真栄島は眉間に皺を寄せ、辛そうな表情をしていた。これから良くない話を持ち出されると嫌でも伝わってくる。
「──こちらのシェルターで保護しておりました江之木りくと君と
何を言われたか意味が分からず、さとると江之木は同時に「は?」と間の抜けた声を上げた。今知ったのか、三ノ瀬まで驚いた表情で固まっている。
「私達も昨夜ここに戻って初めて知りました。シェルター内は勿論、近隣の山も捜索中なのですが、まだ見つかっておらず……」
「どういうことだよ!」
申し訳なさそうに説明する真栄島の言葉を江之木の怒声が遮った。彼は椅子から立ち上がり、テーブルにバンと手を付いて身を乗り出している。
「りくとは、俺の息子はどこに行ったんだよ!」
さとるは憤る江之木の姿をぼんやりと見上げながら、怒って当然の事態なのだとようやく理解した。
混乱して何も言えないさとるに代わり、江之木が声を荒げる。
「アンタらが息子を保護するっていうから、だから俺らは人殺しまでして兵器を壊してきたんだろうが!」
江之木の言葉が胸に突き刺さる。
あの島で、自分が何をしてきたかを強制的に認識させられる。島にいる時は麻痺していたが、安全な場所にいる今、それがものすごく異常なことのように感じた。
「…………ちょっと、オレ、気持ち悪い」
急な吐き気に襲われ、さとるは口元を手で押さえた。真っ青になった彼を見て、三ノ瀬がすぐに駆け寄って肩を貸す。
「医療施設に連れて行きます!」
「……わかった。三ノ瀬君、彼を頼んだよ」
会議室から出て廊下をしばらく進み、エレベーターに乗り込んでから、三ノ瀬は盛大な溜め息をついた。
「……はぁ〜、もうあの部屋に帰りたくなーい」
江之木の剣幕がよほど怖かったのだろう。正直な三ノ瀬の言葉に、さとるは思わず小さく笑った。
「あああっ、ごめんね。さとる君の弟さんが行方不明だっていうのに!」
「……や、三ノ瀬さんや真栄島さんが悪いわけじゃないし……あそこで喚いても仕方ないし」
先ほどの話が本当なら作戦行動をしている最中に姿を消したと考えるのが妥当だろう。迎えに来た葵久地は何も知らない様子だった。彼女がシェルターから出た後に居なくなったのかもしれない。だとすれば、共に行動していた真栄島達に怒るのは筋違いだ。
そうは思っても気持ちの整理はつかず、さとるの気持ちは深く沈んでいった。
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