第三幕 決行

第十二話・住宅街の襲撃


 その日は早朝から日本全国で異常が多発した。


 まず、国内にある全ての空港で航空管制システムに障害が発生。これにより国内線は臨時欠航が相次いだ。元々アジアを中心に新型の感染症が流行、国際線の発着自体が制限されていたため、大きな混乱は起きなかった。


 次に、大規模な通信障害。

 固定電話などには影響はないが、衛星を中継する通信については完全に遮断された。携帯電話、スマートフォンなども一部地域で使用出来なくなる事態に。有線以外の通信に頼らなくてはならないもの、つまり飛行機や船、電車などの交通機関は通信が復旧するまで運行を停止することとなった。現場は大混乱。乗車券を手にした乗客から詰め寄られ、乗務員達は状況説明に奔走した。

 日本の空と海が一時的に空白地帯となった。


 これは各地で同時刻に決行される敵国の基地及びミサイルを破壊する作戦の第一段階である。人為的に通信障害を起こし、基地同士や本国とのやり取りを遮断することで対応を遅らせるのが狙いだ。

 弊害として、作戦の参加者達も互いに連絡を取り合う事が出来なくなっている。


「時間です。行きましょう」


 朝靄あさもやがまだ完全に晴れぬ時間帯。真栄島まえじまの合図で全員が車のエンジンを掛けた。船体後方にあるランプウェイが降ろされ、港の岸壁と船を繋ぐ橋となった。


 まず最初に飛び出したのは右江田うえだのオフロード車である。続いて安賀田あがたのSUV車、多奈辺たなべのセダン、ゆきえとさとる、三ノ瀬みのせの軽自動車。最後に、真栄島の軽トラック。


 これから島の中心部にある小学校跡地に向かい、ミサイルを破壊するのだ。事前に打ち合わせた通り二手に分かれて行動する。


 安賀田率いる班は、右江田と多奈辺。メインの道路から真っ直ぐ目的地に向かう。

 三ノ瀬率いる班は、ゆきえとさとる。全員軽自動車だ。裏道から目的地を目指す。

 真栄島は最初から別行動で、状況に応じて動く手筈となっている。





 敵国の人間がいるであろう離島に何故近付くことが出来たのか。


 それは、事前にこの船がからだ。航行中に横付けされ、積み荷を直接確認された。その事実があったからこそ警戒されずに済んだ。

 そして、アリの存在。

 胡散臭い、いかにも裏稼業の人間といった日系人の彼が船を動かしている。積み荷は海外で人気の日本車と女。戦争が始まる直前の最後の荒稼ぎだと判断された。袖の下も有効だった。

 その立場を利用して船の故障を装い、港に一時寄港の許可を得たのだ。その際、見張りを言葉巧みに船内に誘い込んで制圧し、通信機や装備を奪うことに成功した。これでしばらくは怪しまれない。


 しかし、幾ら通信が出来なくとも狭い島だ。見慣れない車が何台も走っていたり、大きな音を立てれば嫌でも目立つ。時間を与えればミサイルを発射されてしまうかもしれない。そうさせない為にも短時間で目的を果たさなくてはならない。


 小さな港には数隻の小型船があった。古い漁船だ。無人島になって数年経っているはずだが、最近も使われている形跡があった。恐らく、この島にいる敵国の人間が食料確保のために利用しているのだろう。


 安賀田率いる班は港を出て左手に曲がった。島の外周をぐるっと回るルートが一番道幅が広い。が、予想通りバリケードが築かれていた。廃材や工事用フェンス、コンクリートブロックなどで車が通れないように塞がれている。ここには見張りはいない。


 頑丈な車ばかりだが、無理やり突っ込めば大きな音を立ててしまう上に車が壊れて走行出来なくなる可能性が高い。この道は島のメインの道路である。つまり、この島にいる敵国の人間も利用している。片側は簡単に開くはずだ。

 右江田が車外に出た。人力で障害物を取り除くためだ。腕まくりをし、軍手をはめる。周囲を見回してからバリケードに駆け寄り、構造をざっと確認する。そして、足元に積まれていたコンクリートブロックを幾つか路肩に放り投げ、工事用フェンスを退かす。これで車が通れるようになった。


 右江田が作業している間、多奈辺は窓を開け、拳銃を構えて周辺の警戒にあたった。幸いまだ気付かれていない。作業を終えた右江田が乗り込むのを確認してから、安賀田を先頭に三台の車が再発進した。



 安賀田達がバリケードを突破した頃、三ノ瀬率いる班は逆方向に進んでいた。こちらは島の内陸部にある住宅街を通るルートだ。道幅は狭く、複雑に入り組んでいて行き止まりも多いが、その分家屋などの遮蔽物が多い。軽自動車なら遠くから発見される可能性は低い。


 このルートは多少時間は掛かるが目立たずに移動出来る。先頭を走っているのは、ゆきえだ。

 彼女は事前に島の地図を頭に叩き込んでいた。子供を産むまでは保険の営業をしており、地図だけを頼りに見知らぬ町を歩くことも珍しくはなかった。小さな離島の全ての道を把握するくらい簡単にやってのける。


 だが、ここは手入れの行き届いた町ではない。住民が居なくなって数年経った無人島である。つまり、何かあっても誰も直してはくれない。

 ゆきえの車は次の角を曲がろうとしたが、ハザードランプを点灯させて急停止した。後に続いていた三ノ瀬とさとるも慌ててブレーキを踏む。


「斜面が……」


 曲がった先の道が通れれば最短距離なのだが、あいにく山側の土手が崩れて道が半分塞がっていた。無人ゆえに放置された災害の爪跡。ゆきえは窓を開けて後ろの二人に合図を送り、すぐに別のルートを取って進み始める。同時に、似たような理由で通行出来なくなっている可能性が高いルートを候補から除外。より安全確実に通れる道のみを選ぶ。

 しかし、それは移動の基本でしかない。

 ここは敵国の人間が占拠している島である。どこから姿を現わすか分からない。進路を塞いでいるのが土砂やバリケードでなく生身の人間の可能性もある。


 家屋が建ち並ぶエリアを三台の軽自動車が一列に並んで走る。ゆきえはちらりと横目で外を見た。窓から見える小高い山。島の中心にそびえるその山の上に件の小学校跡地はある。

 元々住民数が少ない離島である。学校と言っても一学年数人程度の小さな規模だ。従って校舎も小さい。都会のように三階、四階建ての校舎だったなら、屋上で見張りをされたらすぐに見つかっていただろう。

 山頂には他に高い建物もない。島全体を一箇所から監視するのは不可能。ならば、島で唯一の港がある居住エリア付近だけは見張られているはずである。見張りの一人は上陸前におびき寄せて捕まえたが、戻りが遅ければ仲間が確認しに来るだろう。


 島に仲間が何人いるかまでは聞き出せなかったが、何も全員を倒す必要はない。あくまで目的は遠距離から本土を攻撃できる兵器……地対艦ミサイルの破壊なのだから。


 登山道まであとわずか。

 しかし、そこは行き止まりになっていた。錆びた工事用フェンスが狭い道路のど真ん中に立てられ、幾つもの土嚢どのう袋が積まれて固定されていた。


 山頂を目指すならこれ以上の経路変更は不可能。

 仕方なく車を降り、人力で土嚢を退ける作業に移る。力仕事はさとるの担当だ。ゆきえも軍手をはめて作業をする。その間の見張りは三ノ瀬の役目だ。消音器サプレッサーを取り付けた拳銃片手に作業中の二人を見守る。


 土嚢袋は真新しく、ひとつが十五キロほどの重さがある。ゆきえの娘みゆきは体重十二キロ、それにカバンやら何やらを持てば十五キロなど軽く超える。女の細腕ではあるが、ゆきえはか弱くはない。これくらいの重さには慣れている。

 それでも二十歳のさとるの体力には及ばない。三分の二の土嚢はさとるが撤去した。次に、フェンスを脇に寄せる。これは大き過ぎるため、さとるとゆきえ二人掛かりで行った。


 ドッ


 突然、鈍い銃声が聞こえた。

 音のした方に振り向くと、三ノ瀬の拳銃から硝煙が上がっていた。彼女の視線の先には黒いつなぎを着た男性が倒れている。足を撃たれて悶絶し、意味の分からない言葉で喚き立てている。アジア系の外国人だ。

 近くの建物からこの近辺を見張っていたのだろう。女子供しかいないとタカをくくって単身妨害に来たら返り討ちにあったという訳だ。


「動けないようにしとこ。武器も貰っとくね〜」


 車の後部座席から取り出したロープで男の手足を縛る。それから胸元を探り、ナイフと拳銃を取り上げた。


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