第十一話・ウォーミングアップ

 数分後に船が止まり、何人かの男達が乗り込んできた。中からは見えないが、船を横付けして飛び乗ったのだろう。明らかにカタギの人間には見えない人相だ。彼らは荒い足音を立て、船内を見回している。

 そして、ついに隅の畳スペースで縛り上げられているゆきえと三ノ瀬みのせの姿を捉えた。


「……ッ」


 目の前に現れた見知らぬアジア系外国人の男達に、ゆきえは体を強張らせた。三ノ瀬も身を捩り、少しでも距離を取ろうと試みる素振りを見せた。

 男達がニヤつきながら二人に近付こうとした時、間に作業着姿の男が割って入った。アリだ。彼はどこの国か分からない言葉で彼らを制し、笑いながら懐から封筒を差し出した。中身を確認した男達はそれを自分の服のポケットにしまい込み、アリに軽く手を挙げて船から降りていった。


「はいはーい、もう大丈夫だよー」


 横付けされた船が離れたのを確認してから、アリは車のドアを叩いて回った。のそのそと男性陣が降りてくる間に堂山と三ノ瀬の拘束を外す。


「いやあ、危なかったね。アリ君がいて助かったよ。あの人達は納得してくれたかい?」

「日本車の密輸だって言ったらスグよー。あっちの組織の名前出したからヘタに手出しされないしねー」


 積んでいる車は盗難車と偽ったらしい。日本車は外国で高く売れる。ここにある車は中古車だが状態は悪くない。助手席や後部座席を見られる前に相手を言いくるめて立ち去らせたのはアリの手柄だ。


堂山どうやまさんも、怖かったでしょう」

「は、はい。ビックリしました……」

「車だけだと怪しまれるので、二人にも一役かってもらいました」

「そーそー。二人とも可愛いんで人身売買組織に売っ払うってコトにしたんだよー。怯えっぷりもリアリティあって良かったよー!」

「は、はあ……」


 笑いながら、アリはまた操舵室へと戻っていった。それを確認してから、真栄島は小さく息をついた。


「彼は日系二世でね、ご家族の保護と引き換えに我々に手を貸してくれている。元々怪しい商売をやってたからか、こういった事に慣れてるんですよ」

「あの、それって彼の祖国と戦うってことじゃないですか。大丈夫なんですか?」


 裏切りを警戒して尋ねると、真栄島はにこりと笑った。


「日本が負ければシェルターにいる家族の身が危うくなる。だから、アリ君は命懸けで協力してくれます。貴方がたとなんら変わりませんよ」





 敵対国が密かに支配する海域に入った。何度か船を横付けされたが、その度にアリが積み荷を説明し、賄賂を渡して見逃してもらった。そのうち情報を共有し始めたようで、船内に乗り込んでまで中を確認される事はなくなった。

 見た目は廃船寸前、積み荷は中古車数台と女二人だけ。目立つ機器や武器はないという事実があちら側の警戒を和らげる一因になっていた。


 上陸予定の島が近付くにつれ、協力者達は口数が減っていった。それぞれ船壁にもたれたり、車の座席に座ったりして身体を休めている。

 そんな中、ひとり柔軟運動をする者がいた。一番若い協力者、井和屋いわやさとるだ。彼は畳スペースで腕立て伏せや腹筋、屈伸などを黙々と続けている。


「さとる君、休まなくて大丈夫かい」

「さっき少し寝たんで目が冴えちまって。それに、俺が一番手榴弾を遠くに投げれると思うんで、肩あっためておかねーと」

「そうか。それは頼もしいな」


 見兼ねて安賀田あがたが声を掛けると、さとるはニッと笑って答えた。返事をしながら肩を回している。

 手榴弾は重い。訓練もなしに投げられるものではない。実物を手にして実感したからこそ、さとるは少しでもコンディションを整えて本番に備えているのだ。


「ふむ。なら、私のぶんも任せようかな」

「えっ」

「君が持っていた方が役に立ちそうだ」


 そう言って安賀田は自分の車に積まれた手榴弾を持ち出し、さとるの車に積んだ。

 既に車の割り振りは済んでいる。運転歴の長さや元々乗っていた車の車種を考慮して決められた。


 安賀田はSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)だ。他の車種より車高が高く、悪路でも走行可能。フレームも頑丈に作られている。多少の障害物なら無視して突っ込める。

 それに対し、運転歴の浅いさとるに充てがわれたのは軽自動車だ。車体は小さい。小回りは利くが段差や衝撃に弱く、先陣を切らせるには頼りない。だからこそ、手榴弾を渡して後衛を任せることで戦力のバランスを取ったのだ。


「こんなに俺が持ってていいのかな」

「はは、そんなに気負わなくても」

「いやだって、よく考えたら手榴弾投げる場面てそんなに無くないですか? 俺ら車で突っ込むんでしょ?」

「うーん、それもそうだ」


 手榴弾を持たされたのは作戦に必要な武器だからではない。自衛隊の在庫を誤魔化して持ち出せたのがコレだけだったからだ。遠距離から狙撃できるようなライフルなどは一切ない。

 せっかく任されるのならば無駄にはしたくない。数だけあっても使わずに終わったら意味がない。安賀田の好意を無駄にしたくはないと、さとるはそう考えていた。


「実際手榴弾がどんなものかも分かってないからね。真栄島さんたちに仕様を詳しく聞いてみようか。何か有効な使い道があるかもしれないし」

「はいっ」


 そのやり取りを視界の端に入れながら拳銃を手にしているのは多奈辺たなべだ。思うように肩が動かせないため真っ先に手榴弾を放棄し、さとると右江田うえだに全て譲渡済みだ。その代わりに拳銃を貸し与えられている。ずしりと重いそれを色んな角度から眺める。

 協力者最年長の多奈辺だが、戦後生まれだ。もちろん戦闘経験は皆無。穏やかな性格で、これまで他人に危害を加えたことはないし、そうしたいと思ったことすらない。銃は他人を傷付ける武器だ。当たりどころが悪ければ命に関わる。そんなものを果たして扱えるのか。多奈辺は自問自答を繰り返していた。


 やらねば日本が戦場と化す。


 孫娘のひなたはシェルターで保護されているが、万が一戦争に負けたらどうなるか。日本政府が管理出来ない状況に陥れば無事では済まないはずだ。

 ひなたを守るためならば、誰であろうと撃つ。

 多奈辺は腹を決め、撃ち方のイメージトレーニングに没頭した。





 畳スペースでは、ゆきえが島の地図を食い入るように見ていた。

 協力者の中で一番非力なのは女性であるゆきえだ。敵対者から侮られ、狙われる可能性が高い。割り当てられた車は、さとると同じ軽自動車である。狙われたらひとたまりもない。だからこそ行き当たりばったりな行動は出来ない。


 協力者を率いるのは安賀田だ。先程済ませた打ち合わせで、上陸後の動きは大まかに決まっている。しかし無策では作戦の成功率に関わる。決行中に地図を確認する余裕はない。

 ゆきえは島にある道を全て頭に叩き込んだ。

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