2:19 死霊

 灰色の分厚い雲で陽の光はかなり遮られてたけど、その代わりに周囲の灯かりが立ち上る黒煙と雲を下から照らしていた。

 施設の南西にあるリン市の、その端っこの住宅街から森にかけてが盛大に燃えている。

 ……というか、わたしが火をつけて燃やしました。放火犯はここにいます。


「キリコさん、火勢はどうです!?」


 装甲車を運転しているカーターさんが聞いてきた。


「いい具合に燃えてます! アメリカ人って、こういうときマシュマロを焼くんでしたっけ!?」


 わたしは少々ヤケになって答えた。正直なところ、あまり気分いいものじゃないし。無人になってるとはいえ、かつて人の営みがあったその名残りをわたしの手で壊してしまうのは、なんか心が痛む。背に腹は代えられないけど。


「それはキャンプファイアのときだけにしてください!」

「♪ろー・ろー・ろー・ゆぁぼーと ぼ ー 、じぇんとり・だぅん・ざだ ん ざすとり~むす と り ~

「Merrily, merrily, merrily, merrily, Life is……って、歌わないでくださいって! 次からボーンズって呼びますよっ!?」


 マイナーなネタだけど、通じたようだ。

 カーターさん、意外にいい声してらっしゃる。ネイティブだけあって、発音も綺麗だし。





 日付けが変わった頃、第四波対策のためのミーティングが開かれた。

 そこで問題になったのは銃弾の量だった。第三波までで弾薬の四割弱を消耗してしまって、このままじゃ足りなくなるのは目に見えてる。

 そこで苦肉の策として、火責めすることになった。

 第四波は主に南西のリン市方面からやってくる。そっち方面に火を放って、ゾンビをバーベキューにする。火炎瓶程度じゃなく、もっと広範囲に火をつけてまわって、住宅街一帯を火の海にしようというものだ。


 当初は、パーシアスを囮にして、いくらかゾンビの群れを分散しようというプランもあったんだけどね。それで明け方からわたしとカーターさんが出てきたんだけど、実際やってみると数メートルまで近寄らないと反応しないため、集団を誘導することはできなかった。それで囮案は断念し、代替案プランBの火責めに移行した。


 こっちでは家と家の間隔が広いし、雪も多いから、火を放ってもそんなに広がらないんじゃないかしらん。

 ……とも思ったんだけども、一旦火がつけば予想以上に豪快に燃え拡がってた。消防も消火作業も皆無だし。

 路上駐車車両の給油口もひとつひとつ丁寧にこじあけておいたんで、時折残ったガソリンに引火して爆発してた。生垣や街路樹も燃えてる。

 そして、その火はゾンビたちにも燃え移っていた。あいつら、焼けててもぜんぜん気にしないみたいだけど、さすがに炭になれば動けなくはなるはず。動けなくなると、いいなあ。


 今は、市街地で見つけた米軍の装甲車に乗って、エセックス・ストリートを通って施設に戻る途中だった。運転するのは当然カーターさん。時折、ふらっと現れるはぐれゾンビを轢きつぶしながら進んだ。

 この装甲車、半年前の騒ぎの最中に、街を封鎖しようと出張ってきた州軍のものらしい。パーシアスで雪の中を歩いて移動するのはなかなか時間もかかるんで、ちょうどよかった。弾薬もいくらか積んであったので、補給にもなった。



 施設に戻ってこれたのは午前一一時過ぎ。

 正面ゲート前で出迎えてくれたのは、パーシアスだった。片方の機体はジャクソンさんの載っていたものだろうけど、視界にオーバーラップする形で機体の上に表示された名前を見て、わたしはびっくりした。


「フォレスト司令?」

「やあ、キリコ、それにカーターも。二人ともご苦労だった」

「ども、司令もおつかれさまです。えっと、司令が直接ここで戦うんですか?」

「あー、指揮については、今回の場合私のやるべきことはそう多くはないんだ。それよりも、残り何時間かはこちらの人手が必要だと判断した。一応、パーシアスの操作には慣れているんでね」

「はあ……」


 司令がそう言うなら、大丈夫なのかな。まあ、戦闘のド素人のわたしが考えてもしょうがないけど。

 単純に考えても、一度に発砲できる銃が三丁から四丁に増えるわけで、心強いのは確かだ。





 午後一時半すぎ。吹雪の中、第四波の先頭が見えてきた。その混雑具合といったら、第三波どころじゃない。視界が悪いのもあるけど、どこまで続いてるのか先が見えない。

 大火災の中を歩いてきたことでダメージを受けたのか、普通のゾンビよりもさらに動きが鈍くなっていた。体の大部分がこんがり黒焦げになったまま歩いてくるのや、まだ燃えたまま進行してきているのもいた。てか、あれでまだ動いてるというのも驚愕モノだけど。つくづくしぶとい。


「的は鈍い。焦らず、引きつけて、きちんと狙っていこう」


 司令が言った。

 あれだけの数がいると、残弾が心細いんで、無駄弾は避けたい。

 とにかく弾が必要ということで、ゾンビ相手では威力が不十分として使っていなかった小口径ライフルもカーターさんが使い始めた。

 とはいえ、実際威力の違いはけっこうあからさまで、脚を破壊して動けなくするにも最低でも二~四発は撃ちこまないとダメみたいだった。まあ、ゾンビ・アポカリプス以前では主流となっていただけあって、弾数だけは一番多く揃えてあったけれど。


 吹雪でクアッドコプターが飛ばせないため、火炎瓶や手榴弾はパーシアスで投げることになった。ただ、手動だとかなり心許ないんで、応急処置的にハーキュリーで使ってた〔投石〕スキルをパーシアスの機体でも使えるよう修正してもらった。もう〔投石〕というより、もっと汎用的な〔投擲〕スキルとか呼んだほうがいいかもしれない。



 しかし、対するゾンビはものすごく分厚い層になってた。

 一体を損壊して移動不能にしても、手足がもげてジタバタともがいてるそれを後続が踏み越えてやってくる。同じ場所で撃ち倒されて、だんだんと死体が積み上がっていく。そうして時折、蠢く死体の山が崩れて、蠢く死体の海に変わる。まだ五体満足なゾンビが転んで、損壊した死体の波に乗って前へ押し出される。

 ともすれば、ひどく趣味の悪いギャグになってしまいそうな、悪夢のごとき光景だった。

 そうやって、じりじりと前線が近づいてきていた。


「RPG、これで最後です!」


 そう言ってカーターさんが後方の集団にロケット弾を撃ち込んだ。密集してるので、何体もごっそり吹っ飛んでそこだけ空白地帯になったけど、全体からすると焼け石に水かもしれない。


『壁沿いに進んできたのが正門に接近してます! 一五、いえ一六体』

「カーター、キリコは回り込んできたモノの対処を! クズネツォフはM2の固定を解除し、後方、正面玄関前に再設置せよ!」


 田中さんの報告で、司令が指示を出した。大量に接近されると、電子機器の作動不良でパーシアスが動けなくなる恐れがある。それで、もうここで持ちこたえるのは難しいと見て、施設建物の正面玄関まで下がるという判断だ。


 もう相手は目と鼻の先なんで、わたしは散弾銃に切り替えた。視界に頻繁にブロックノイズが走って、見づらくなってる。

 コンテナの上から、撃っては弾込め、撃っては弾込めというのを繰り返した。


「やっぱり、こりゃ弾が足りそうもないですね!」

「あーっ! もう、ほんっとしぶっといわね! ぅわっ!?」


 手足を壊されてコンテナの壁にもたれかかったゾンビの上に、別のゾンビが乗った。そいつはコンテナの上へ手を伸ばすと、わたしの足を掴んで引っ張ってきた。直接掴まれたのは初めてだけど、話に聞いていたとおりものすごく力が強い。

 幸い下に落ちはしなかったけど、バランスを崩して尻餅をついた。これ、一体化コントロールじゃなかったら、対応しきれず下に落とされてたわ。


「このっ!」


 手でコンテナの屋根にしがみつきながら、必死に足を振ったけど振り解けない。ゲシゲシ蹴っても、ぜんぜん堪えた様子がなかった。マジでしぶとい。

 こりゃヤバいか、と思ったとき、横合いから弾が撃ち込まれて、ゾンビの腕が半ばちぎれた。

 見れば、司令がライフルをそちらに向けていた。さすが、頼りになります。


「キリコ、無事か?」

「え、ええ、なんとか。ありがとうございます」

「まだ、ぶら下がってるぞ。鉈を使ったほうが早いかもしれん」


 司令は返事を確認する前に、すでに正面に向き直って撃ち始めていた。

 鉈に持ち替えて振り下ろすと、ようやく完全に切り落とせた。まだ、手のひらが足を掴んだままだったので、引き剥がして放り投げた。

 掴むものがなくなって、手のひらは空中でわきわきと指を動かしてた。


「正面玄関まで後退する!」


 司令の合図で、わたしたちはコンテナから飛び降りて、施設の玄関へ向かった。

 そこではすでにクズネツォフさんが重機関銃を運び終わっていて、設置を始めていた。次はそこで迎え撃つことになる。


 これでしばらくは静かになるかな。

 けれど、壁の内側に引きこもってれば大丈夫かといえば、そんなこともない。きっと、ゾンビは壁を越えてくる。

 というか、そもそも壁くらいで抑えられるような相手であれば、たぶん人類は滅亡していないと思う。軍事基地とか、ここよりずっと厳重に守られてた場所もあったんだし。もっと持ちこたえられるはずだっただろう。

 しかし、どれだけ強固な壁があっても、結局は破られてた。だから壁があれば安心、というわけにはいかなかった。



 状況が変わったのは、日が暮れて午後七時すぎだった。


『ゾンビがコンテナをよじ登り始めました!』


 破壊したゾンビの残骸を足場にしてるのかと思ったら、何も手がかり足がかりのないところをイモリのように張り付いて登ってきてるという。いったい、どういう理屈なんだか。

 けれど、ゾンビの理不尽さ、不条理さはまだまだ序の口だった。

 以前、司令たちは言っていた。アレの本質は屍体ではなく、死霊だとか悪霊とかいった類のモノだと。


 最初の一体がコンテナの上に立った。と、思ったら、その背後で別の一体がスーっと浮かび上がった。比喩じゃなく、ほんとに宙に浮いてる。

 そして、二体、三体とその姿が増えていった。


「ちょっ!? なにあれ!? なんで宙に浮いてんの!?」

「噂では聞いていたけれど、実際に空中浮遊してるのは初めて見ました」

「物理法則無視しすぎでしょ!?」


 空間転移も映像で見てはいたけれど、目の前でこうして浮いてるのを見せられるとやはり驚く。


 ただ、そういう超常現象を起こせる奴は、全体から見ればごく一部らしい。あの調子で第四波の残りすべてが超えてきたら、そこでおしまいだっただろう。そういう意味では、助かったかもしれない。

 ゾンビたちはコンテナを越えて地面に降りると、そこからは除雪作業でできた道を普通に歩いてきた。

 タワーディフェンスゲームのごとく、経路が固定されたゾンビたちをわたしたちは迎え撃った。





 午後九時を回った。転送作業終了まであと一時間というところ。この分なら、どうにかなりそうかなと思ってたとき。


『……ぶっふぉっ! 地下っ! 地下の転送の間前の通路にゾンビが入り込んでます!』


 唐突に田中さんの焦った声が響いた。彼は地上の監視カメラに目を光らせていたけれど、たまたま地下の映像に目をやったところで想定外のものを発見して、噴いたらしい。

 誰も気がつかないうちに、ゾンビ一体が入り込んでいた。普通に移動してきたなら、いくらなんでも見過ごすはずはない。やはり転移でもしてきたのだろうか。


「カーター、キリコ、地下へ行け!」

「了解」

「はいっ」


 わたしたちは転送の間へと急いだ。


『転送の間の扉、開きました! ゾンビが転送の間に入ります!』

「扉が!?」


 鍵はかけていたはずだったのに。いや、アレに理屈を求めちゃダメなんだろう。

 ダッシュで降りていき、転送の間前の直線通路に辿り着いた。


 転送の間では扉が開けっ放しになっていた。そして中では一体のゾンビが魔法陣の前に立って、腕をかざしていた。やはり、ゾンビはここの魔法陣を目指していたらしい。

 そしてどういうわけか、一定の強さで輝いているはずの魔法陣の光が明滅していた。

 ゾンビが何をやろうとしているかはわからない。けれど、絶対にやらせちゃいけないのは確信していた。

 わたしたちは走りながら発砲した。手前に各種コンソール端末があるため、上半身しか狙えない。ゾンビは何発もくらいながらも、ぜんぜん倒れなかった。


「こんっ! のおぉっ!!」


 わたしは全力でゾンビにタックルした。もつれ合いながら3mほど転がって、魔法陣から引き剥がすのに成功した。

 あんまり触っていたくないんで、一旦離れた。

 ゾンビはすぐに立ち上がってきた。その目は相変わらず左右デタラメに動いていて、視線なんてものはたどりようがなかったけれど、顔だけはまっすぐわたしの方に向けられている。

 その口が、ぱかぁ、と開いた。


「おおおおおおおぉぉぉぉ……」


 ゾンビが声を出したのを初めて聞いた。およそ人間の声帯から出るとは思えないような、ひどく気持ち悪い音だった。

 わたしが怯んだところ、ゾンビはその口から茶色く濁った汚らしい液体を噴出した。


「うわっ!?」


 慌てて飛び退いたけれど、機体にゲロがかかってしまった。白煙を上げながら、機体の装甲が溶けてボロボロになっていく。ラッセルさんが載ってたパーシアスの頭部を溶解させたのはこれか。いや、元は人体なのに、なんでそんな強い酸を内臓に内蔵できてたのかと。エイリアンかこいつは。

 パーシアスの胴体部分はそれほど被害はなく、プロセッサ類も問題なかったけど、左肘が曲がったまま動かなくなってしまった。


 わたしが離れたところで、すかさずカーターさんが銃弾を撃ち込んだ。しかし、それでもまだそいつは倒れない。

 わたしは、一個だけ持ってきていた手榴弾を右手で持って、ピンを左手の親指にひっかけた。左腕が動かないまま、右手だけで手榴弾を引き、そいつの口に突っ込んだ。


あすたHastalaう゛ぃすたvista、べいびぃ」


 ……シュワルツェネッガーさんにならって、ノリで言ってみました。一応、わたしも体はロボットになってますし。

 直後、ゾンビが頭から消し飛んだ。



 至近距離で爆発したため、わたしも吹き飛ばされた。パーシアスがごろごろと転がっていった先には、魔法陣があった。

 機体が魔法陣に接触した瞬間、魔法陣が強い光を放った。そして、何か奇妙な力が機体に作用した。

 なぜそんなことが起きたのか、原因も理屈もわからない。さっきあのゾンビが魔法陣に手をかざして何かやってたことの影響なのか、あるいは、元々魔法陣自体が意味のわからない原理で動いてるからなのか。人間には理解しようのない次元の話なのかもしれない。

 目にしたものが本物なのか、それともただの幻覚なのかも判断しようがない。

 ともかく、わたしは魔法陣のその向こう側にあるもの、平行宇宙と平行宇宙の間に存在する無限の『狭 間』Yog-Sothothを垣間見てしまった。

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