2:18 襲来

 ここの防衛のため志願者としてパーシアスに載ってた人、ジャクソンさんとラッセルさんがバックアップから復活した。仮想空間の映像をこっちにも回してもらってたけど、二人ともけっこう年配の人で、なんか見た目からして渋い古強者って感じだった。実際、元軍人さんらしい。ラッセルさんはかつて司令の部隊にいたこともあったそうだ。


『おや……? ここは……』

『フォレスト大佐……?』


 彼らの記憶は半年前にセーブした瞬間までしかないので、急に状況が変わってて二人とも戸惑ってた。

 フォレスト司令が現在の状況を大雑把に説明した。


『それじゃ、もう……』

『生き残ってる人間は……』

にはもう、いない』


 司令が静かに、しかしはっきりと告げた。

 彼らが守っていたここの施設に限った話じゃない。衛星などの情報からも、地球全体で生存者を示すものは何一つ見つけられてない。


『ニューホーツではもうじき、新人類の最初の世代が生まれようとしている。人手が必要だ。君たちも力を貸してくれないか?』

『……わかった。やれることがまだあるのなら、私は行こう』


 司令の勧誘を、ジャクソンさんは受け入れた。しかし、ラッセルさんは、


『大佐、私は残ります。家族も、友人も、皆、死にました。本来の私もとっくに死んでるんです。もう十分でしょう。このまま眠らせてください』


 疲れきった表情でそう言った。わたしには彼のことはわからないけど、終末でハードな体験をしてきたのは間違いないだろう。

 司令もただ、「そうか」と答えただけだった。



 ラッセルさんはシャットダウン、ジャクソンさんは月面基地に転送されることになった。

 転送前に、わたしはジャクソンさんに一つ質問してみた。

 最後のパーシアスに載ってたのはジャクソンさんだ。なので、味方が全滅し守るべきものもなくなったとき、彼だったらパーシアスでどこに向かうだろうか、彼自身にその予想を聞いてみた。


『私一人になったら、どこへ行くか、か……。発電所が止まって、バッテリーを充電できる場所も限られてたから、そうそう自由に遠くまでは行けなかった。近隣で行くべき場所というのもちょっと思いつかないかな。避難所なども軒並み壊滅していたし』

「やりたかったこととかは?」

『そうだな……せめて、ここの屋上からでもゆっくりと景色を眺めてみたい、とは思っていたかな。ずっと殺風景な場所に篭っていたからね』

「なるほど、屋上ですか」

『あまり参考にならんかもしれんが。すまんね。気をつけて』

「いえいえ、ありがとうございます~」


 ここの施設は一〇階建てで、屋上はクアッドコプターで調べてたけど、当然雪がみっちり積もってた。あの中にパーシアスが埋もれてるかもしれない。半年も野ざらしだったら壊れてるかもしれないけど、確認だけはしておきたい。明るくなってから見に行ってみようと思う。





 一夜明けて、二月二七日。空は曇っていて、少々風も強かった。


 そろそろ発電機の燃料タンクも残り少なくなったため、朝六時ごろから給油を開始した。作業自体はクズネツォフさんとカーターさんがやってくれた。わたしがやったのはやたら給油用のやたら太いホースを抱えていたくらい。

 8キロリットルほどが残ったため、それらはガソリンと混ぜて火炎瓶に使うことになった。ガソリンと混ぜると、引火点が摂氏40℃以上という軽油でも燃やしやすくなるそうだ。

 酒瓶やガソリンは、近所の家屋や駐車してある車から拝借してくる予定。結局、ゾンビ映画みたいに、空き家漁りに行くのね。



 そして、一〇時半くらいから、正門前に続く道路にちらほらとゾンビが集まり出してきた。

 映画と違って、「あ゛~」とも「う~」とも言わず、ただひたすら無言で進んでくる。雪で歩きにくいはずなんだけど、強引に雪を足で掻き分けて進んでくるか、四つん這いで進んでくるかのどちらかだった。どういう力をしてるんだか。

 わたしたちは正門前に置いたコンテナに上って、そこから迎え撃つことになった。


「練習だと思って、焦らずに確実に当てることを優先してください。残弾数を忘れないように」


 クズネツォフさんの指導を受けながら、標的を撃った。今はまだそんなに集まってないから、割と余裕がある。あんまりこれをゲームと捉えるのもどうかとは思うけども、ある意味、序盤の練習ステージみたいなものかもしれない。


 ライフルの扱いにもだいぶ慣れてきた。もう構えるのとか弾倉を換えるのとかは、モーションなしでもスムーズにやれるようになった。発砲だけはFCSに任せてるけどね。

 20~40mくらいの距離から単発で、パンっ、パンっ、と二の腕や膝から太股を狙って撃つ。うまく骨を折れれば、腕ならだいたいは「ぷら~ん」とぶら下がるようになり、脚ならバランスを崩して倒れた。

 倒れた後もまだジタバタしてるけれど、とりあえずそれ以上は進めなくなる。当たり所が悪くて骨を破壊できてなかったら、もう一発撃ちこむ。


 元は人間の体だったものを破壊するのにも、だんだん抵抗がなくなってきた。なるべく、「アレは人間じゃない」と思い込もうとしてるせいもあるだろうけど、あんまりよろしくない傾向かも。



「次いでですんで、M2重機関銃の取り扱いも覚えてください」

「え? わたしも、ですか?」

「はい。ここには私たち三人しかおりませんので。それに私がやるときはマスタースレーブ操作に切り替えないといけないんで、少々手間取ります。一体化コントロールが使える分、あなたのほうがずっとスムーズに扱えるでしょう。頼りにしてますよ」


 そう言われては拒否もできず、重機関銃の扱い方まで学ぶ羽目になった。

 さすがに、パーシアスのモーションはこんな据え置き型の機関銃にまでは対応してない。弾をこめて、狙いをつけて撃つのも、全部手動でやらないといけなかった。


 コンテナの上のど真ん中に馬鹿デカい三脚が設置され、モノはその上にでんっと設置されていた。

 上の蓋を開けて、帯になった太っとい弾をはめ込んで部品で抑えたら、蓋を閉じて、右側のレバーをがっちゃんこと引く。そうしたら、二本のグリップを握って狙いをつけて、グリップの合間にある引き金を押し下げる。

 すると、ド・ド・ド・ドっと、連続してすごい音を立てて発射された。


「ぉわぁっ!?」


 本体も弾も異様に大きいだけあって、威力が狂ってた。なにあれ。ショットガンとかライフルの比じゃない。ゾンビに当たると、少々言葉で描写するのすら憚られるくらいに、いろいろと千切れ飛んでた。


「おあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーッ!?」

撃ち方やめCease Fire! もう十分です! 落ち着いてください!」

「あ……」


 あんまりにも壮絶すぎて、クズネツォフさんに止められるまで、わたしは絶叫しながら引き金を引き続けてた。ターゲットがいたあたりには、大小さまざまな肉片が散らばってるだけとなってた。ところどころ、原型が判別できる部位も混じってるけど。

 これ、絶対に夢に見そう。CEROレーティングなら確実にZだ。いやまあ、発狂してゾンビを素手のパーシアスで解体してしまったわたしが言うのも今さらだけど。


 銃は怖いものだとは思ってたけど、ここまでとは知らなかった。

 威力では、前に使った魔導式レールガンのほうが圧倒的なんだろうけど、無機物を撃ってたせいか、あの時はあんまり怖さを実感はしてなかったし。

 まあ、かなりドン引きな武器だけど、今のわたしたちには必要なものだろう。


 それから三〇分ほどで、ゾンビ一〇〇体ほどの第一波は終了した。正門前の道路はまだ蠢いている残骸が大量に散らばっていた。

 まだ次の襲来まで三時間ほどあると見られるんで、一旦敷地の外に下りて、近所からの資源調達をしに行った。

 残骸は一ヶ所に掻き集めて燃やした。真っ黒な煙が辺りに広まっていく。パーシアスに嗅覚がなくて良かった、とつくづく思った。





 第二波は午後二時過ぎに来たけれど、こちらは三〇体ほどだったので、あっさり片付いた。また少し時間が空いたので、わたしは最後のパーシアスを探しに行ってみた。


 雪かきで手間取られるかなと思いつつ、スコップ片手に屋上まで行ったんだけども、パーシアスは苦労することなくあっさり見つかった。階段を上っていったら、屋上の扉の前に突っ伏してたのだ。

 最上階まではトップスなどで調べてたけれど、そこより上の階段までは見てなかったらしい。


 見た感じ、大きな損傷は見当たらない。バッテリーが尽きたのか、最後には階段を這い進んで、右手を扉のほうに差し伸ばした格好で停止していた。

 ……ジャクソンさん、景色見れなかったのね。

 一応、このジャクソンさんに向けて、合掌した。ややこしいけど、月面基地に行った彼とは別口だと思うので。


 扉は施錠されてたので、パーシアスは野ざらしにはなってなかった。バッテリーを充電すればまだ動きそうなんで、回収して警備室に持っていった。



 そうして午後三時半ころ。監視カメラを見ていた田中さんから連絡が入った。


『敷地内に、ゾンビが入り込んでます。正面玄関に向かってます』


 見つかったのは一体だけで、排除するのは簡単だった。けど、問題はそいつがどうやって入り込んでたのかだった。

 監視カメラの録画で侵入経路を辿っていくと、敷地内の駐車場に行き着いた。

 そこのカメラは無人の駐車場を映していたけど、ある瞬間からブロックノイズで崩れて判別できなくなった。そして、三秒ほどしてノイズが消えたとき、駐車場の一画に佇む人影が映っていた。


「……なに、これ?」

『いきなりそこに現れた、としか言いようがないんです』


 事実、雪に残された足跡はそこから始まっていて、そこに至るまでの足跡がまったく見当たらなかった。


『私が仮想体のスキャンしたときの話、覚えてます?』

「え? ええ。スキャン中にゾンビに襲われたんですよね」

『あの時、私は一人でスキャン室に入って、扉を厳重にロックしました。ところがスキャン中に、いつの間にかアレが室内にいたんです。中に隠れられる場所なんてなく、扉が開いた様子もなかったんですけどね』

「うわ、それって……」

『私が覚えてるのはそこまでです。スキャンデータから仮想体が造られたときには、すでに襲われた傷ができていました』


 空間転移テレポートとか、そんな話なのだろうか。それはもう、死体が動くこと以上に、完全に超能力だとか超常現象といったオカルトの世界だ。

 頻度はあまり高くないものの、ゾンビのそういう不可思議な現象はそれなりに報告があるらしい。一部はわたしも耳にはしていたけれど、眉唾モノだと思ってた。


「ちょっとにわかには信じがたいけど……」

『私は、冗談抜きに本物の空間転移だと思ってますよ。それに、ルールは違うみたいですが、常識を超えて空間に影響を及ぼすもの、私らは他にも見てるじゃないですか。ここの地下で』

「あ……」


 確かに言われてみれば、魔法陣もそういう類だった。平行宇宙に干渉したり、向こうではゲート的なものが造れたり、普通に考えたら立派に超常現象の世界だろう。


 こうも異常な現象がまかり通ってるとなると、ゾンビがなぜここを目指してるのかっていうのも、考えないといけないかも。

 もしこのオカルトじみたゾンビが、転送の間の魔法陣に惹き寄せられてるとしたら、絶対に近寄らせたらダメだと思う。理屈じゃなく、直感だけど。

 間接的とはいえ、魔法陣はニューホーツ側と繋がってるのだ。





 第三波が押し寄せてきたのは午後八時すぎだった。

 今度は八〇〇体を超えている。

 しかも、ちらほらと雪が降り始めていた。気象衛星の情報だと、低気圧が接近していて、夜半から明日夜にかけて猛吹雪となる見込みらしい。

 データ転送終了まで、残りおよそ二六時間というところ。まだまだ先は長い。


 大半のゾンビは正門前の通りを進んできた。

 八〇〇体もまとまって来ると、道路はものすごい大渋滞になった。東京の朝の通勤電車並みの混雑ぶりで、道幅いっぱいに隙間なくぎっちり詰まってた。先頭のが後続に押されて、転倒したところを踏み潰されたりと、なかなかにカオスだ。あれでよく移動できるものだ。


 それだけ密集してると、ライフルの弾は貫通して後ろの奴にも当たる。けど、綺麗に整列なんてしてないので、手前のゾンビの腕を狙って貫通しても、後ろのには胴体に当たって大してダメージにはならなかった。

 狙うなら、まず脚を狙ったほうがいいかもしれない。

 もう、一発一発丁寧に狙いを定めてなんてせずに、忙しくカーソルを動かしては引き金を引いて、タンタンタンッと連続して撃ち込んでいった。

 重機関銃の発砲では何列かまとめて解体されて、一気に倒れこんだ。バラバラになった後もモゾモゾ動いてるけど、互いにぶつかりあって、ほとんど身動きはできなくなってた。

 ただそれでも、銃撃だけでやってたら、弾が足りなくなりそうだった。


「RPG行きます!」


 カーターさんが背後を確認しながら叫んだ。

 まだ五体満足なゾンビがかたまってる辺りに向けて、ロケット弾とかを撃ち込んで吹っ飛ばしてた。さらには、クアッドコプターで手榴弾を運ばせて、後方のゾンビ密度の高いところに投下した。

 蠢く肉片の山となった辺りには、火炎瓶を投げつける。その炎で、一部のゾンビも歩きながら焼かれてた。


『右手の森から二体接近してきます!』


 時折、カメラで監視してる田中さんから報告が入るんで、それにも対処する。真っ暗で見にくいので、深度センサーの情報も見ないと難しい。



 途中まではそれで何とかなってたんだけど、だんだん雪の上にゾンビの残骸が積み重なっていって、通り道ができてしまった。雪を掻き分けるより、残骸の上を踏むほうがまだ歩きやすいのか、後続になるほど進行速度がどんどん上がっていった。

 それにこちらも、弾倉の切り替えとかでロスもあった。重機関銃も一旦弾帯が切れると、再装填に時間掛かる。その間にも、ゾンビたちはじりじりと進んできた。


 とうとう先頭集団が正門から5mくらいのとこまで到達してしまった。手足を完全に破壊しておかないと、すぐにでも這い寄ってきそうな距離だった。

 視覚にもノイズが乗り始めた。


「グリッチ、出始めました!」

「カーター! 手榴弾、やれっ!」

「くそったれっ! Fire in the hole!」


 クズネツォフさんが機関銃を撃ちながら、指示を出す。銃声で聞き取れなかったけど、カーターさんがなんか叫びながら、最前列より少し後ろに手榴弾を投げこんだ。手榴弾の破片が飛んでくるかもしれないので、念のため、わたしたちはコンテナの上で伏せた。

 ドンっという音と共に、直近にいたゾンビ二体ほどが粉砕されて、周囲のゾンビも薙ぎ倒された。

 そこに銃弾を撃ち込み、火炎瓶で火を放った。



 かなり冷やひやしたけど、どうにか第三波をクリアしたのは午後一一時を回っていた。

 辺り一面、飛び散ったり燃え滓になった肉片でひどい有様だった。隣家も巻き添えで崩れて、二軒ほど燃えていた。空き家しかないので、消火はせずにそのまま燃やしておく。


 第四波は明日、二八日の昼以降とみられる。少し準備する時間はできたけど、今度は五千を超える大集団になる見込みだった。第三波の六倍以上だ。

 雪はさらにひどくなっていて、吹雪になろうとしていた。

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