■Touch down


 キヌが迎えに来た時、私は、〈ハイブ〉の残骸からのそのそと降りようとしているところだった。


 脚を使えないから、腕をうまく使って、ずり落ちるように降りていくしかない。周囲にはまだドローンが浮いているが、浮いているだけだ。司令塔である〈ハイブ〉が機能を停止したことで、一時的な待機状態に入っているようだった。


 両脚は、着地の衝撃でバラバラに砕けていた。衝撃吸収の機構で耐えられないような規定外の衝撃が加わった時、弾けて壊れるように設計されているのだ。流石の私も色々と覚悟せざるを得ない状況でも、ツァーンラート社の設計と技術は確かに作動した。

 ここでもまた、私は誰かに生命を守ってもらった。


「ティコさん! 脚が……」

「キヌ、……何生やしてんの、それ」

「……抜くと、血が。応急手当ファーストエイドキットがあるので、手伝ってもらえますか」


 キヌの胸には剣が突き刺さったままだった。片手で剣を支え、もう片手に小さな箱を持って歩いてくる。

 お互いに、ひどい状況だ。思わず笑ってしまった。笑えないんだけど、笑うしかないというか。


「勝ったんだね」

「はい。任せて頂きましたから」

「……抜くよ?」

「思い切り、お願いします」


 脚を踏ん張ることができないから、残骸に寄りかかった私に、キヌから身を差し出すように寄り添ってもらった。血の気が引いた顔と、それでも強い意思を感じる眼鏡越しの瞳に、一瞬だけ見惚れる。黒いハーネスが握っていた剣の柄を握りしめて、苦しい時間ができるだけ短くなるように、一気に引き抜いた。

 ぼたぼたと、熱い血が降りかかる。


「っ、ぐ……!」

「だ、大丈夫!?」

「だいじょうぶ、です、っぎ、ぁ」


 キヌが、血を溢れさせる傷に、小さな箱から取り出したゼリー状の止血剤をぶちまける。悲鳴をあげない根性を、素直に凄いと思う。

 べったりと血に塗れた剣を捨て置き、手伝えることはあるかと、手を伸ばす。……その手を、軽く握り返された。


「何か、手伝う……?」

「……ありがとう、ございます」

「え、う、うん」

「包帯を……お願いします……」


 慌てて箱をひっくり返し、清潔にパッキングされた包帯を取り出す。消毒薬をぶちまけたキヌに、胸の傷口を塞ぐようにガーゼを当てて、包帯で固定する。私も、消毒薬をもらって体中の擦り傷に軽く掛けておく。

 壊れた義足は、熱や電気で事故になってもいけないから、接続部だけ残して外しておいた。


「……本当に大丈夫? 救急車、呼んだほうが」

「問題、ありません。ティコさんこそ……傷、だらけで。脚も。……守れなくて、ごめんなさい」

「ばーか。守って、なんて言ってないでしょ。……でも、その。流石にこれじゃ歩けないからさ……連れて行って、くれる?」

「勿論です」


 伸ばした腕を、キヌが取った。そのまま屈み込み、痛みもあるだろうに、私の身体を軽々と抱き上げる。

 ……横向きに。


「って、おぶってくれればいいんだけど!」

「いえ、前の方が動きやすいので」

「だからってなんでお姫様抱っこ……!?」


 顔が熱い。

 太ももの下端から下を失った私は、抵抗することもできず、連れて行かれてしまう。バイクはその場に置き、特許庁の建物までの僅かな距離を、抱いて運んでもらうことになってしまった。

 痛みも忘れるほど、恥ずかしかった。


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