■Reentry(9)

 ビルの屋上に吹く風は涼しくて少し痛い。


 汗だくになって、接続部と脳は燃えるようで、服はズタボロ、肌は傷だらけだ。ドローンの回転翼に勢いよく当てられて、腕や腹から血も出ている。義足を守った結果だった。なにしろ、義足の方は無茶させっぱなしで、いつ壊れてもおかしくない有様だから、守らねばならない。膝や足首の外装ガワが外れて、入り込んだ粉塵が、精緻極まりない関節の動きを少しずつ少しずつ悪くしていく。靴に入り込んだ砂、を、千倍気持ち悪くしたような感触がキツい。

 ハーネス戦で負傷していた左足はますます悪く、意識してバランスを取らないと立つことすら難しい。


 先程から、脳裏では警告音にゃあが鳴りっぱなしだ。

 蹴り堕としたドローンの回転翼に巻き込まれて、髪が数房、引き千切られていた。死ぬほど痛いし、伸ばし直しの染め直しだ。


 そんなぼろぼろの状態で、ひときわ高い高層ビルの、立入禁止の屋上に立つ。

 いつの間にか、〈ハイブ〉と同じ高度だ。夜風に、穴だらけの切れ目だらけになったパーカーがたなびく。向かい風は、高度を得るのに丁度いい――なんて笑って駆け出した。


 走り幅跳びの要領で、〈ハイブ〉へ向けて跳躍する。

 近くで見る〈ハイブ〉は、やはり大きい。内部に大量のドローンとバッテリーを抱えて、四つの回転翼で飛ぶ。全体の形状シルエットは釣り鐘型で、ヒトよりも大きな蜂の巣が浮いているようにも見えた。


 ぎりぎり届く計算だった跳躍に、〈ハイブ〉は鋭く反応した。ドローンを割り込ませて私の邪魔をしながら、素早く上昇したのだ。回転翼が空気を切り裂き、激しい音を立てた。ドローンにぶつかり、勢いが僅かに弱まる。これじゃ届かない。

 左足を蹴り上げた。つま先に絡ませたものが跳ね上がる。大型ドローンが投げかけてきた捕縛用の網だ。黒い、カーボンファイバー系の頑丈そうな素材で、人間を二人ほど包めそうな大きさをしている。

 その根本を義足のつま先に固定し、できるだけ広がるように蹴り上げたのだ。


 〈ハイブ〉の表面にある様々な凹凸に、網が絡みつく。上昇の勢いが、私の身体を上に引っ張り上げた。自分でも思い切り脚を引く。


「――ッ!」


 想定外の荷重で、〈ハイブ〉の上昇が止まる。同じ荷重が掛かった義足が軋む。太ももの接続部クッションに激痛。機械と生体、両方からの警告――もちろん無視だ。

 網に引きずられて上昇した私は、〈ハイブ〉が止まろうとも上昇の勢いは止まらず、上へと放り出された。辛うじて回転翼の外側を通り……回転翼ひとつで飛ぶヘリコプターなら、首の方が飛んでいたかも……〈ハイブ〉の上へと、躍り出た。


 私の頭上には月しかなかった。見下ろせば、〈ハイブ〉と、きらきら輝く、都市の星。脚の激痛も忘れて、見惚れる。


 宇宙には程遠いけれど、ああ――


「おかげで、最高高度は更新できたよ」


 高々と掲げた右足を振り下ろして。

 〈ハイブ〉の翼を、根元から叩き割った。


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