■Reentry(7)


 ティコさんが、私の背中を強く叩いて、バイクから飛び降りる。ドローンの群れに向かう背中を見送ることもせず、私は黒い機動安全服ハーネスと向かい合った。


 ティコさんに行ってもらったのは、橋での戦闘で思い知ったからだ。私は、一般人ティコさんを守ってしまう。訓練校で叩き込まれた本能に近いレベルの動きで、意識でどうこうできるものではないようだ。

 警察官としては、悪いことではない。だが、この黒いハーネスに限っては、その本能が致命的な隙を招きかねなかった。


 黒いハーネスは、銀灰色の剣を握ったままティコさんを見送った。構えらしい構えもなく悠然と立っている。

 バイクのエンジンを吹かす。今の私は、命令違反の真っ只中で、警察官の立場ではない。だから、警察官としての『正しい』言葉ではなく、自分の意思を告げた。


「倒します」


 宣言と同時、アクセルを、全力で開けた。〈トモエ〉は嘶きを上げて応え、爆発的な加速でハーネスへ突っ込む。

 警察企業には、いわゆる『火力』は許されていない。火薬類所持使用取締法で、軍以外での火薬兵器使用は厳に戒められている。結果、NFL-セキュリティは様々な非殺傷兵器ノンリーサル・ウェポンを開発してきた。だが、対個人の非殺傷兵器では、凶悪犯罪を相手にする時などでは突破力が不足する場面があった。


 ならばどうするか。

 先達が辿り着いた結論は、単純なものだった。


「〈トモエ〉、槍を展開オープン・ランス


 安全装置として音声指示を求める〈トモエ〉に囁く。バイクの側面に格納された二つ折りのランスが展開、接続し、その先端を前方へ突き出した。槍という名前通りの形状シルエットではあるが、素材は金属ではなく硬化プラスチックで、穂先は紙も破れない程度に丸めてある。ただの頑丈な棒といっても間違いではない。


 だが、ただの頑丈な棒こそが、バイクの機動力を突破力に変える。現代の騎兵突撃ランス・チャージこそ、機動捜査官シェパードが持つ最強の武器だった。

 バイクの右側面に展開した槍をハーネスへ向け、すれ違いざまに穂先を叩き込む針路で真っ直ぐに突っ込む。


 初手から、全力。

 大型トラック程度なら吹き飛ばせる突撃を前に、だが、ハーネスは逃げない。落ち着いた動きで剣を両手で構えて待ち受けている。アクセルを緩めず、槍を突き入れた。


 ぎゃぎん、と、凄まじい激突音が響いた。堅牢に作られているはずの槍が、叩き折られ、宙に破片が舞った。バランスを崩しかけるが、予想の範疇だ。

 脚でバイクを強く挟み込み、腰から警棒を引き抜く。槍を受けた直後で動けないハーネスの腰辺りを狙って、警棒を全力で振り下ろした。ハーネスが素早く跳ね上げた膝と警棒が激突し、放電音が鳴り響く。


「くッ……!」


 邂逅は一瞬。姿勢を全力で立て直すが、転倒は避けられない。せめて、と、タイヤを滑らせて横向きにスリップさせて飛び降りる。勢いのまま地面を転がり、衝撃を逃がす。ハーネスが踏みつけるような蹴りを放ってくるのを、更に転がって躱し、地面を叩いて立ち上がった。


 黒いハーネスは、膝で受けた側の脚を僅かに引きずっている。

 対して、こちらはバイクを失った。立て直す時間はくれないだろう。

 敵は足回り、こちらはバイク。この相手に対してならば、悪くない交換だった。


 起き上がると同時に駆け出して、警棒を縦に振り抜く。槍を受けてなお歪んですらいないハーネスの剣が、警棒を受けた。引いて、打つ。弾かれて、打つ。放電の音と光が何度も瞬いた。

 大きく動き回れないからだろう、ハーネスの動きには以前ほどの余裕はない。だからこそ、はっきりと理解してしまった。


 ハーネスの格闘術は、NFL-セキュリティが伝統的に教える現代格闘技の動きだ。

 ハーネスが持つ剣は、私の防護帯カチューシャと同じ、仮想質量技術を用いた超硬度物質だ。


「何故ですか……」


 打つ。弾かれる。打つ。弾かれる。まるで示し合わせたかのように、軽々とこちらの警棒を防ぐのも、当然だ。相手は、こちらの動きを誰よりも知っているのだから。


「何故ですか! ……先輩!」


 叫びに、ハーネスの動きが一瞬だけ停滞し、すぐに戻る。それが答えだった。

 ハーネスの装着者は、早瀬 将護……先輩だ。


「先輩は機動捜査官ではなかったのですか! 市民を……治安を、守るのでは、ないのですか……!」


 声とともに、警棒を叩きつける。

 予測して、覚悟していたはずなのに、答え合わせが済んだ今、みっともなく狼狽している。無駄な力が入った攻撃は、軽々と弾かれるばかり。

 唸り、一歩踏み込む。不用意な踏み込みを咎めるように、ハーネスが剣を振るった。頭部を狙った一撃は、防護帯カチューシャによって逸らされたが、逸らしきれなかった衝撃だけで目の前がぐらりと揺れた。


 たたらを踏んで、数歩、下がる。揺れる視界に、黒いハーネスが不気味な影のように見えた。


 先輩は私を殺すつもりだ。

 一撃で殺意を理解させる攻撃は、もしかしたら、先輩の優しさだったのかもしれない。そんな、都合のいい想像が脳裏に浮かび、散った。


「……ッ!」


 容赦のない追撃を、なんとか構えた警棒で受けた。手が痺れる。代わりに、麻痺していた思考ははっきりした。


「はッ!」


 問う代わりに気合の声を発して、踏み込む。警棒と剣がかち合って、何度も火花と電気を散らした。数合打ち合って、改めて理解する。


 私では勝てない。

 今まで勝負になっていたのは、先輩が、技量を隠していたからだ。私が気付いた以上、もはや隠す意味はない。元々の技量で負けているうえ、ハーネスの補助を受けた相手に、敵う道理はなかった。


 予測のとおりに、徐々に圧されていく。

 その時だ。

 視界に、下向きの矢印が表示された。数は三つ。矢印の下側が触れた地面にも、赤い警戒色のマーキングが開く。

 ティコさんからの、『警報』だ。


 ハーネスの方も、自前のセンサーで気が付いたのだろう。空から投げ落とされたドローンの残骸を避けるよう、一歩、二歩下がった。

 思わず上を見上げ、ティコさんの姿に、見惚れてしまった。


 人間は空を飛べない。彼女だってそれは同じ。だというのに、彼女はあまりにも軽々と、都市の空を舞っていた。ドローンと手を……脚を……取りあって踊るように。

 自由自在とはいかないのだろう。直線的に跳んでは、ドローンを蹴って軌道をわずかずつ変え、高い場所へと登っていく。その動きは、まるで。


「スイングバイ……」


 星の引力を利用して軌道を変える、宇宙飛行の技術のようだ。重力から解き放たれ、利用すらして宇宙を往く姿を連想した。

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