■Reentry(6)


「無理矢理にでも、突破するしかない、か」


 囲んだ分、ドローンの密度は薄いはずだ。小型ドローンの群れを相手に足を止めれば、大型ドローンに捕まる。覚悟を固めるために使える時間は一瞬だけ。

 行くしかないと踏み込んだ、その瞬間だった。欠損だらけの信号が、私の神経に叩き込まれた。


「……ッ!」


 主に反応したのは視神経。

 視界を覆い隠すようなドローンの群れ、その向こうを透かすように、光点が見えた気がした。大きい光点は、大きいドローンを示しているのか。身体をぐいと傾けて方向を十度ほど変え、二時方向、右斜め前へ。包囲するドローンを蹴り上げて、一瞬ほころんだ包囲の穴に飛び込んで突破する。回転翼や機体の尖ったところが引っかかり、服と肌を僅かに裂いた。


 視線だけを向けると、元々突っ込もうとしていた辺りに、大型ドローンが浮いているのが見えた。突破させて捕らえる戦術だったのだろう。その思惑から、私を救ってくれた光点は、今度は光の線ラインへと姿を変えて、囲みを突破するルートを三つほど提案している。鋭く、容赦なく、頼もしいナビゲーションの送り手は。


「藍さん! 捕まってたんじゃ!?」


 疑問を投げながらも、視界に浮かぶ誘導のうちから、いけそうなルートを選んで、ラインを追って走る。ドローンが取り囲もうとしてくる動きに対応して、藍さんが送ってくれるドローンの位置情報もリアルタイムで変化する。実際にドローン全てを点描プロットしているわけじゃない。ドローンの群れを雲のように描き、必要な情報に絞って表示されている。動きの速さと向きベクトルを計算に入れた、私の感覚にばちんと合うデフォルメの仕方をしてくれるのは、藍さんしかいない。


 声は届かないし、送られてくるデータもところどころ欠けていて、明らかに正規の方法ではないやり方で送られてきている。多分、羽刈が必死に調整しているのだろう。


「これなら!」


 視界が倍に広がり、その解像度も精細になったような感覚、といえば伝わるだろうか。

 ドローンの群れを示す、簡素化された三次元図が、視覚を中心に私の感覚を刺激する。

 格段に避けやすくなったドローンの追撃を、追い詰められないよう、前に、横に、上に下に、躱す。


 また、ノイズ混じりの通信が、今度は義足を撫でた。

 不快ではない。むしろ安心感のある感覚だ。この感覚には覚えがあった。走り回りながら、意識上に整備アプリを呼び出す。アプリのチェック項目に、次々チェックが入っていく。やっぱりシゲさんだ。

 ここまででかなり無理しているから、要注意ギリギリの項目も多い。シゲさんのチェックのおかげでしっかり把握できる。無茶するからこそ、コンディションを知るのは大事だ。


 全てにチェックが付いた時、私が調整したところにも、問題なしのマークが付いていた。備考欄に、最低限の所見が記されている。


『これでいけ』


 力強い、普段ならば口で一言言って終わりになるであろう言葉だった。シゲさんの、ぶっきらぼうな口調すら思い浮かぶ。

 無愛想で頼もしい整備屋メカニックの評価に背を押されて、私は跳ぶ。


 オフィスビルが立ち並ぶ中でもひときわ目立つ、ツインタワー型の高層ビルを、スロープ状になった基部から駆け上がる。水平から斜め、そして垂直となっていく私の視線が、宙に浮かぶ〈ハイブ〉を見上げた。

 疲労は溜まる一方で、〈ハイブ〉とドローンどもはこっちの動きを学習し続けている。息は上がりかけていて、脳も接続部ソケットも熱を持ちっぱなしだ。


 なのに、私は笑っていた。

 キヌは、強敵のハーネスと真正面から打ち合っている。音と気配で、彼女が諦めていないのが伝わる。


 〈コーシカ商会〉の皆も戦っている。今も彼らの支援で、私は跳べている。社長はどうせ、あの胡散臭い笑みで皆を見つめているだろう。


 それだけの情報があれば――


「私は、何処へだって、行けるんだ!」


 ビルの壁面を、絡みつく重力を感じながら、限界まで駆け上がった。

 宙返りをする要領で、ビルの外壁を蹴った。義足が一度真上に向き、勢いのまま傾いていく。その先には、藍さんが配置するデータの通りに大型ドローンが浮いていた。


 大型ドローンを、そっと、踏む。

 いくら大型だと言っても、あくまでドローン。人間ひとりを支えるだけの力など持たない。


 踏んだ衝撃で、反射的に、ドローンが回転翼を強く回して浮かぼうとする。落下が僅かに緩やかになり、その一瞬の間に、スニーカーの底を滑らせて位置を整え、蹴った。

 咄嗟の動きで距離を取ろうとする小型のドローンの群れの中に突っ込み、ちょうどよく足元に位置していたやつを、さらに蹴った。


 本来の跳躍よりも少しだけ伸びた飛距離と、少しだけ変わった角度を、ドローンたちは見誤ったのだろう。滑らかに連携していた包囲に、ほころびが出来た。届かないはずだった別のビルの外壁に取り付き、一瞬だけ脚に力を溜めて再び跳ぶ。


「て、やっ、とっ!」


 小さなドローンを踏み台に、三台連続で踏みつけて、斜め上へ加速する。重力を振り切って、最後の一台を踏む時に身体をひねり、大型ドローンからの射撃を避けた。逃げる前に大型ドローンを蹴りつけて、叩き落としながら、また少し角度を変える。


 空を飛べるわけではない。

 空中でジャンプができるわけでもない。

 だからどうした。


 見上げる視線に、〈ハイブ〉の巨大な影。その向こうに、小さな月が見えた。


「いつかはそこまで行くんだから、こんな高さところで堕ちてられるか……!」


 ビルの屋上から、別のビルの外壁を駆け上り、再び別の屋上へ。ドローンの攻撃をぎりぎりであしらいながら、高度を稼ぐ。


 途中、キヌと黒いハーネスがやりあっている頭上に差し掛かった。凄まじい勢いで打ち合う二人。キヌが、何かを吼えていた。

 負けてない。

 あの黒いハーネス相手に、キヌは一歩も退かずに立ち向かっている。その事実が、飛ぶ背中を押してくれた。キヌへ『隕石警報』を送りつけてから、手近なドローンを二つ三つ蹴り落とし投げ落としてやった。

 負けるな、なんて言葉はクールじゃないから送らなかった。

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