■Reentry(4)
「ここは俺ら
いかにも剣呑な、威嚇する小型犬のような声を浴びせかけて来た連中は、若者たちだった。
「……うわぁ」
思わず、本心がありありとこもった声をこぼしてしまった。彼らの何らかのプライドを刺激してしまったのか、険悪な気配が宿る。
アンダー・ギャング。誰が呼び始めたか、彼らはそう呼ばれる。
過密になった都市の地上部分に、無軌道な若者にくれてやるスペースはなかった。追いやられた彼らは地下に潜り、監視の目から逃れやすい場所で彼らなりの情熱を燃やし――たまに人様に迷惑をかけてNFL-セキュリティに追われている、というわけだ。いつの間にか、この辺りの横穴に住み着いたようだ。
基本的には、目を合わせなければ安全という類の組織で、手は早いが喧嘩が特別強いわけでもない。
だが、今は一秒が惜しい状況だ。おまけに、誰かが余計なことを言い出した。
「あっ……こいつ! NFLが賞金掛けてる女ッスよ!」
「こんなガキだったのかよ。NFLも雑魚すぎだっての」
「……仕方ねえ、市民として協力してやるか。なぁ?」
下卑た笑みを浮かべて、取り囲もうとしてくる若者たち。私はむしろ速度を上げて、助走にする。
「そこはもうちょっと、ギャングっぽいプライドを持てっての!」
我ながら理不尽なことを叫びながら、跳ぶ。
一人ずつ蹴り飛ばしてやってもいいが、今はその時間すら惜しい。
地下通路の閉塞した感じを更に狭苦しく圧迫する仮想落書き、その中の一枚、大きく描かれた髑髏の絵を貫いて壁へと着地する。脚を弛めて、一気に伸ばし、更に斜め上へ。間抜け面で見上げるギャングたちの頭上を飛び越えて、逆側の壁を蹴って走る。
「なんっだァ!?」
「どういう動きしてやがる!」
「ッ、逃がすな!」
一瞬私を見失ったギャングたちが、すぐに気付いて追いかけてくる。騒々しい。
「追いかけてくるなバカ! あと市民とか言うなら真面目に働け!」
「余計なお世話じゃあ!」
やっとドローンがいなくなったと思ったら、今度は人間に追いかけ回されるとは。出来る限り壁を走り、地面に降りる時間は最小限にして、地下通路を駆け抜ける。
ほどなく、目的地の近くへ差し掛かる。
「この辺、
「それがどうしたァ!」
「ご親切にどうも!」
地下通路の壁にカモフラージュされた扉の前で、天井を蹴って床に降り立ち、急制動をかける。扉に手をかけて、横に勢いよく開いた。
工事や整備を行うための縦坑だ。道具を上げ下げ出来るよう、それなりの広さが取られた横に、昇降用のハシゴが固定されている。手をかけ、足をかけて、カンカンカンとリズムを刻んで登っていく。
「待てコラァ!」
アンダー・ギャングの連中も追いついてきたようだ。登る速度を緩めて、追いつかせる。あまり高く登ると、これからすることが危ないし。
ただの血気盛んな若者だと思っていたけれど、ハシゴを登る動きは意外に早い。結構鍛えている。それに、地下をメインに生活しているから、上がり下がりには慣れているのか。
「……残念ながら、私は警察官じゃないしね?」
にま、と笑って、下を見る。ハシゴ数段分のところまで追いついてきていた先頭の若者がこちらを見上げているのと、視線が合った。
「えっち♡」
別にスカートじゃないけど、ま、お約束ということで。
ハシゴから手を離し、足を外して、数段分を落ちる。義足は軽いとはいえ人工物、私の体重は同年代の女子より多少――
「ぶぐっ!?」
悲鳴にもならないくぐもった声を上げて落ちていく男。その下には数名の男女が追いかけてきていたから、重なり合って落ちていく。怪我はしても、死にはしないだろう。
「これに懲りたら真面目に働きなよ!」
「ぶっ殺すぞテメェ‼」
爽やかな挨拶を交わして、私は再びハシゴを駆け上がる。流石に、もう追いかけてくる勇気はないようだった。彼らが縦坑から出たのを確かめてから、ハシゴから片手ずつ離して、パーカーを裏返す。色合いが異なる
地上へと出る。縦坑の出口のハンドルを回して、上に押し上げると、そこは夜の街中だ。高層ビルの影にひっそりと作られた、なにもないスペース。アンダー・ギャングの出入り口として使われているのか、いくつか派手な落書きがあった。
「よっ、と」
顔の上半分を出して偵察し、こちらに注目している
「……さて、と。キヌは無事かな」
地下では封印していた接続と、センサー類を解放する。と言っても、迂闊に広域に接続すれば居場所がバレる。羽刈が用意してくれた
ややあって、キヌからも合図が返ってくる。別れる瞬間に送った時間、座標で合流可能の合図だ。
よし、と頷き、ビルの谷間を抜けて表通りへ。
せめてもの偽装に、パーカーのフードを深くかぶって、林立する超高層ビルの間を抜けていく。超高層ビル街は、地盤強化を含めての開発がされた埋め立て地で、元々は海の上だとは信じられない高さのビルがいくつも立っている。都市のビジネスの中心地だ。
ビルにはいくつも明るい窓があり、人もそれなりに歩いている。夜でもお仕事ご苦労さま、だ。不自然ではない程度の速度で走って人の流れに紛れる。
飛び回るドローンに顔を映させず、走り方も彼らのデータにあるはずの動きから少し変えて、移動する。ごまかせるのは数分程度だろうが、合流には十分だ。
辿り着いた交差点で周囲をさりげなく見回す。そこに、けたたましいバイクの音が聞こえてきた。
『キヌ!』
手を上げて、短距離無線通信を飛ばす。
『ティコさん、拾います!』
容赦のない
『ふぐっ……、時間ぴったり。やるじゃん』
『ティコさんも無事で良かった。何とか撒けまし――』
『……?』
キヌの声が止まり、鋭く走っていたバイクの速度が僅かに緩む。どうしたのかと、キヌの視線を追って、ビルの影が高く伸びる夜空を見上げ――私も気付いた。
月が隠れていた。月を覆い隠す、黒く、大きな影は、雲ではなかった。
釣り鐘型の、巨大なシルエット。
上下動に優れた、四つの
そして……巣を守る蜂のように飛び回る、無数のドローン。
『……ハイブ』
キヌの声が、掠れていた。
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