■Reentry(3)


 都市の地下メトロには、巨大な地下迷宮が広がっている。

 呼び名に反して、地下鉄メトロが占める空間は、かつてほど広くない。


 都市への人口集中による開発は、当然、地下にも及んだ。

 地下鉄の駅を中心に、拡張し、連結し、時には無許可で横穴が掘られる。複雑さを増した地下空間は、とある専門家から、明日にでも大崩落してもおかしくないとお墨付きを受けている。

 今や、その複雑怪奇な地下迷宮の全てを把握しているものなどいないというのが、都市住民の共通認識だ。


 私は階段を駆け下りて、まず地下鉄の駅に出る。そこから繋がる地下街へ駆け込んだ。両側に並んだお店はほとんどシャッターが降りていて、歩いている人もほとんどいない。深夜の地下街は閑散としていた。

 通常のドローンは、地下空間には進入禁止だ。追ってきたドローンは地上で立ち往生ホバリングしているだろう。けれど、地下にも監視の目はある。


「来たな……!」


 地下空間ではより響く、ドローンの羽音。監視カメラの映像をもとに私のもとへ集まってきている。

 視界にゆっくりと入ってきたドローンは、屋外のそれとは違う姿をしていた。白く、うっすらと透けた綿毛に似た素材で作られたプロテクターに包まれているのだ。空気の流れを邪魔しないよう編まれた繭の間から、柔らかなシリコン羽根を持つドローンの姿が覗いていた。


 『衝突しても安全』を謳う、屋内ドローンケサランパサランだ。

 普通のドローンよりは速度が遅い屋内ドローンを置き去りにして、地下を走る。パーソナルIDを知られている以上、地下の案内サービスには接続できない。事前にダウンロードしておいた精細マップを脳内に浮かべ、運び屋の勘をエッセンスとして、何度も角を曲がって目的地へ近付いていく。


「はっ……はっ……」


 少し苦しく感じて、息が上がる。まだそう走ってはいないのに。地下だからだろうか。空気が薄く感じるのは気のせいだと言い聞かせるが、やっぱり狭い場所は苦手だ。安心を得たくて、走りながら義足の内部スキャンを実施。運転信頼性92%をキープしていることを無駄に確認した。


「……狭さじゃない、か」


 私が苦手なのは、狭い場所ではない。

 閉じられた場所だ。


 どこにも行けない、行き止まり。閉じ込められること。それを、何より怖がっているらしい。地下では先が見通しにくく、壁ひとつで簡単に閉鎖されてしまう。実際にはありえない妄想だとわかっていても、『曲がった先が行き止まりで、抜け出せなくなったら?』なんて恐怖が、角を曲がるために踏み出す脚を重くする。息が上がるのもきっと、それが原因だった。

 だから、普段は地下にはあまり近寄らない。プライベートでも、仕事でも。


「……ああもう、早く抜けよう」


 白い綿毛のような屋内ドローンが漂う下を駆け抜けていく。監視カメラとドローンから位置は報告されているだろうが、目的地はまだバレていないはずだ。多分。

 私がどれだけ近寄りたくなくとも、地下空間には、運び屋稼業にとっては重要なルートもいくつか含まれている。


 今日使うのも、そのひとつだ。

 深めの階層まで降りて、まばらになってきた監視カメラの死角から、横穴の通路へ入る。立入禁止の札と鎖、視界内に立ち上がるAR-アラートが行く手を阻むが、一歩で踏み越えた。


 この通路は、ある企業が開発の申請を行い、開通する前に倒産よにげしたといういわくつきの通路だ。結果として、公的な地図では存在しない横穴となっている。実際はひとまず開通と仮補強だけは済んでおり、通ろうと思えば通れる抜け道として、知っている者のみが活用していた。

 存在しない通路だから、当然、監視カメラの類もない。照明もないから真っ暗だけど、義足の感覚センサーが捉えた内容を軽く視覚化すれば歩くのには困らなかった。


 だが。


「誰か……いる?」


 赤外線サーモグラフィセンサーが、やや遠く、人影を捉えた。あちらも気付いたのだろう。ばつん、という音とともに、照明などないはずの通路に明るい光が満ちた。唐突な眩しさに目を細める。


「んだぁ? ガキじゃんか」

「ここは俺ら吼鋭龍頭ホエールズの縄張りだ。誰に許可取って通ってんだ? あん?」

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