■Reentry(2)


『鞍掛捜査官。止まりなさい。君が連れている者は、指名手配を受けている』


 ギリギリの警告。同時に私たちへ向けて、短距離無線通信ウィスパーが飛ばされてくる。内容はもちろん、即時の停止を求めるメッセージ。警察企業の権限で、『警告が聞こえなかった』という言い訳を許さないための、拒否できない通信だ。

 リンクスに命じての返答は、もちろん、ノー。


『キヌ、三台じゃなければ撒ける!?』

『……できます!』

『よく言った。次の角で飛ぶ!』


 高速でカーブに突入したバイクから、座席を思い切り蹴る。包囲してきた機動捜査官を飛び越えた。速度が乗った跳躍はなかなかいい記録が出そうだ。

 空中で足を蹴り出して、ビルの壁に斜めに着地げきとつ、そのまま蹴って別のビルの屋上へ。助走をつけて、高く遠く、跳ぶ。


「あはっ……!」


 流れていく夜の明かり。全てを置き去りにビルの間を跳ねていく私を、二条の光が追いかけてくるのが見えた。バイクが二台。キヌよりも私を脅威と見たらしい。良い判断だ、と言ってやろう。

 私が向かう先にドローンの群れが移動する。動きに追従できなかった邪魔なドローンを蹴り飛ばしながら、放物線を描いてビルからビル、屋上から屋上へと移っていく。


『鍋島 綴子ていこ! 止まりなさい!』

「その名前を大声で呼ぶなぁああッ!!」


 ビルの壁を、斜め下へ強く蹴る。

 別に、名前のことで怒ったからというわけじゃない。ないが、蹴った脚の出力が予定より三%ほど余計だったのは認めよう。


 ビルからビルへ飛び移ることができるほどのエネルギーに重力が加わり、勢いよく下へと落ちていく。落ちる先には、先程名前を大声で呼ばわってくれた機動捜査官。フルフェイスのヘルメットで表情は見えないが、こちらを視線で捉えているのはわかった。

 狙い通り、バイクの後部座席に脚から着地。バランスを崩し、前輪が跳ね、ウィリー状態になる。落ちた衝撃を脚に溜めてしゃがみこんだ姿勢から、もう一度跳躍する。その衝撃がバイクにはとどめとなって、完全にバランスを崩し、業務を終えた立派なビルの玄関へ突っ込んでいった。


「ま、あのくらいなら死にはしないでしょ」


 足場が悪かったから、跳躍はせいぜい二階くらいの高度までしか稼げなかった。後ろからは、もう一台のバイクが迫ってきている。

 ビルの壁を蹴り、マンションのベランダに脚を掛けては飛び上がって、少しずつ高度を稼いでいく。その間に、バイクには追いつかれてしまったが、構わない。


「元々、バイク相手にまっすぐ逃げ切れるとは思ってないしね」


 移動速度はバイクの方が早いに決まっているのだから、追いつかれるのは織り込み済みだ。さっきのような奇襲も二度は通じないだろう。

 地面グラウンドに降りれば、機動捜査官か、市民に捕まる。

 だから、私は上に向かう。上方向への移動速度と、旋回性能こまわりで勝負するのだ。

 周囲をドローンが飛び回り、私の一挙一動を観察しているのがわかる。刺々しい測距レーザーを投げかけてくる、失礼なドローンも多い。ひとつひとつ潰していくのも面倒だから、引き連れて走った。


 マンションの途中から誰かのお宅のベランダを蹴り、夜を飛ぶ。

 落ちていく先は、小規模な商業施設だ。ちょっとお洒落でお高いブランドがいくつかと、美容室、落ち着いたカフェが入っている。外壁に隠されたコードを読み込んで広告が視界上に展開されかけて、停止ブロックされた。

 運び屋として訪れたことはあるが、扱っているブランドが高級ハイソすぎて買い物に来たことはない。今夜も私の用事は広い敷地と屋上だけだった。


 小規模とはいえ、建物ハコの敷地はそれなりに広い。昼間はイベントスペースとして開放されている屋上で、円を描くように助走を取る。走っていく先は今までの進行方向から九十度折れた方向だ。

 バイクが私を追うには、大きく建物を迂回する必要がある。しばらくは時間を稼げるだろう。


「よっ、と……!」


 屋上の端を踏み切り、一気に高度を下げる。四階分の落下に、落下感の中、一瞬だけ浮遊感を感じる。

 着地。義足の膝と足首から、液状衝撃吸収材アブソーバーが噴き出して衝撃を逃してくれる。

 次はドローンだ。群れになって追いかけてくるドローンの目から、わずかでも隠れなければ、結局は居場所を把握されて追いつかれる。


「さぁて、行こうか!」


 声を上げ、自分を鼓舞する。あまり行きたくはないところへ行く必要があった。

 青い看板で示された、下り階段の入り口。


 地下メトロへの階段だ。


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