▼断章

 港湾地区の片隅、夜に沈んだ公園は控えめな街灯に照らされていた。

 古めかしいアンティーク調のLEDの下、ベンチに座った二人の男性。その片方、〈ミネルヴァ生命保険〉の米倉が口を開いた。


運び屋ミュールは逃げたか。機動捜査課シェパードの女が手引きしたらしいじゃないか」

「そのようだ」


 隣に座った青年が答える。米倉の含みのある口調に対して、淡々とした返答。感情を感じさせない声に、しかし、米倉は笑う。


「お前さん、わかりやすいな」

「……」

「正直に言えば、もう意外でも何でもねえ。あの運び屋の小娘ガキ、あれは化け物だ。秩序を乱す、計算不能の因子」


 米倉が懐から煙草を取り出して咥える。火を付けようとすると、樹脂で覆われた円柱が近付いてきた。公園整備用の地上ドローンだ。米倉の手元にちかちかとオレンジの光を照射した後、可愛らしい声を上げた。


『公園内は禁煙です。よろしければ、喫煙所までご案内いたしますか?』

「要らねえよ」


 しっしっ、と追い払う仕草。地上ドローンは車輪を転がして茂みに消えた。

 火を付けない煙草を咥えたまま、米倉は暗い空を見る。


「別の都市に行くだけの脚はねえ。奴らは必ず戻ってくる。違うか」

「そうなるだろう」

「なら次に捕らえれば帳尻は合うってわけだ。手はあるのか?」

「正面から叩き潰すだけだ。秩序はこちらにある」

「そうかい。なら、俺もひと働きするとしようか」


 立ち上がった米倉が、懐から端末を取り出す。

 ハーネスの武器が剣であり、ティコの武器が義足であるように、端末が――端末が操るデータこそが、彼の武器だった。


「金の力ってものを、見せてやろう」

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