■Deorbit burn(7)

 私とティコさんに、同時に連絡があったのは、休憩のさなかだった。

 機動捜査課からの連絡だ。明日の朝までは休日のシフトだから、呼び出しではない、緊急の案件だろう。


 何となく、ティコさんとうなずきあって、ソファから立ち上がって少し離れる。

 覚悟を決め、リンクスを通して通話をつないだ。


『こちら、鞍掛』

『鞍掛捜査官。鯨井です。通話可能ですか』

『どうぞ』

『そちらに、鍋島 綴子ていこはいますね?』

『……』

『特別捜査係から、正式に指名手配の連絡が来ました。このあと、公表されます。彼女を確保して、連行して下さい』

『……何故ですか。彼女が犯人などではないとわかっているはずです!』


 思わず、叫ぶ。

 だが、鯨井課長の落ち着いた声は乱れない。


『いいえ。犯人が捕まっていない以上、私たちには何も解っていないも同然です。そのような状況で重要参考人と物証を確保するのは、治安維持業務上、誤った選択ではありません』

『ですがっ……』

『命令に従いなさい』


 普段は強い言葉をほとんど用いない鯨井課長の、重い声。反論にもならない反論は、あっさりと封じられた。

 言葉は出ない。だが、胸の中には、感情が渦巻いている。


 しばしの、無言。

 鯨井課長が、やや語気を緩めて、続けた。


『我々は、正義の味方ではありません』

『……』

『だからこそ、秩序の担い手として、法と命令に従わなければなりません』


 その通りだと、私も考えてきた。信じてきた。

 傍らで通話をするティコさんに視線を向ける。ショックな連絡だったのか、全身に力が入り、こわばっているのが解った。


 彼女を捕らえ、連行する。今ならば、容易いことだった。


『……鯨井課長。私には、できません』

『ならば、位置情報を送信してください。急行します』

『違います、――明らかに間違っている命令に従うことは、できません。彼女は犯人ではありません。被害者であり、そして今、自らの務めを果たそうとしている市民です』

『……、鞍掛捜査官。命令違反は看過できません。理解していますね』

『わかっています!』


 言ってしまった。ああ、これで後戻りはできない。

 後悔はある。恐怖も。けれど、私が警察企業で働いて学んだことの中に、今、ティコさんを捕らえる選択肢はない。

 命令を守ることが、秩序を守ることでは、なかった。


『……残念です。では、あなたの権限を現時点を以て凍結します。速やかに、装備を返却しなさい』

『事件が片付いたら、必ず。交信終了オーバー

「交信終了。……無理は、しないでくださいね』


 最後に、一言。鯨井課長が付け加えてくれた言葉を噛み締める。頼もしい上司である彼からの優しさであり、そして、ここから先に温情はないという宣言だ。

 正直に言えば、怖かった。

 ふと、ティコさんがこちらを見ているのに気付いた。瞳を見て、表情を見て……微笑む。


「怖いですね」

「うん。すごく怖い」


 何となく、励まし合うよりも、安心できた。

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