■Orbital Operation(5)
私がNFL-セキュリティへ戻り、報告をする前に、鯨井課長は切り出した。
「鞍掛君。〈スピカ〉襲撃および各務弁護士襲撃事件の捜査は、特別捜査係が担当することになる旨、通達がありました。本件は一類機密扱いになります」
「何故ですか!」
表情も、声も硬い。常に穏やかな鯨井課長には珍しい態度から、彼にとっても承服しかねる指示だと伝わってはきた。だとしても、納得できるわけではない。
「
「だからって……!」
「とにかく、報告を」
課長の、壁のような声。まだまだ胸の中に渦巻く言葉は、飲み込むほかなかった。
概要は通信で報告してあるが、機動捜査課では、余程の緊急でなければ口頭報告が行われる。前課長の頃からの習慣で、会話に勝る情報収集なし、ということらしい。
「……はい」
課長の
橋上の戦闘から脱し、黒いハーネスを振り切った後、私とティコさんは各務弁護士が乗ったタクシーを追った。
ティコさんと、彼女が所属する〈コーシカ商会〉の素早い判断により、タクシーは無事移動していた。一度蹴散らした暴力団が再度の襲撃を企てないかが不安だったが、幸い、襲撃はなかった。
各務弁護士は、タクシーを護衛しながら、彼自身の強い希望もあって〈コーシカ商会〉へ。襲撃の焦点と目される『荷物』も、同様に〈コーシカ商会〉が確保している。
「『荷物』については、提出を求めましたが、拒否されました。預けたままでは安全確保が難しいことは、説明したのですが……」
「
ティコさんにも、鷹見社長にも、『荷物』を渡すことはできないと突っぱねられた。見上げた職業倫理というほかない。
せめて、と、
「……報告は以上です」
「御苦労様でした。ひとまず、現状の報告は特別捜査係に上げておきます。追加が必要な場合は都度、私から指示しますので」
「了解しました」
「元々公休でしたね。少々食い込みましたが、休日に入ってください」
「……はい」
「ああ、鞍掛君。……何があってもすぐに動けるようにしておいてください」
「は……はいッ!」
特別捜査係が取り上げて終わり――ではない、『何か』が発生する可能性を、鯨井課長は感じているのだろう。
「先輩は……巡回中ですか」
隣の机に先輩の姿はなかった。久し振りに稽古でもつけてもらおうと思ったのだけれど。ならば、最初にやるべきことは。
「現場百遍、ですね」
▼
現場となった橋は、昨夜の戦闘などなかったかのように、うららかな昼の陽射しを愉しむ人たちで溢れていた。港湾地区の商業施設を結ぶ橋だから、往来は多い。
橋の一角が黄色と黒の情報遮断テープで区切られていた。
状況を確認していた鑑識班の職員へ声をかけて、IDを提示。テープの中へ迎え入れられる。私の
予想通りというべきか、黒いハーネスの
「……この痕跡は」
周到に動くハーネスが、ほとんど唯一残した痕跡は、橋の石畳風樹脂を砕いた攻撃の痕だ。ティコさんと私を相手取りながら、ハーネスは明らかに手加減をしていた。その理由のひとつが、攻撃の痕跡を残さないため、だったのだろう。最後に動きが突然変わるまで、橋を傷付けずに戦っていたのだから。
しゃがみ込み、証拠品の位置関係を示す二次元コード付き立札の横、深く穿たれた穴を見つめる。眼鏡に、穴の大きさや深さがまず表示され、続いて衝突時の推定エネルギーが表示される。
「では……あの武器も、特別製と見た方が良さそうです」
剣状の武器。間合いは長いタイプの警棒に近いか。これだけのエネルギーを受ければ、まともな素材なら反動で折れている方が自然だ。
痕跡に素材の欠片や形状などが残っていないか。鑑識が得たデータを確認しようとした私のアクセスは、エラーメッセージと共に弾かれた。
「……権限が、ない?」
こんな些細なデータまで徹底して情報を制限されるとは。特別捜査係は、余程この事件をデリケートな案件として位置づけているらしい。
しゃがみ込んだまま、穴を睨み付けて、唸る。鑑識フロアに直接乗り込めばデータは見せてもらえるかもしれないが、流石に上層部に睨まれそうだ。捜査権限は、理由があって制限がかかるものだし。それにしても、ここまで素早く、厳しく制限を掛けるとは……一体何が起こっているのか。
私の頭を、ぽん、と大きな手が叩いた。
「隙あり。そんなトコで丸まって何してるんだ、キヌ」
「せ、先輩!?」
慌てて跳ね除けて立ち上がる。ヘルメットを小脇に抱えた先輩が笑ってこちらを見下ろしていた。
「どうしてここに」
「お前と同じだよ。違法ハーネスの遺留品、何かないかと思ってな。情報が少なすぎて、動きをイメージするのも難しいから」
「なるほど」
無意味な相槌を返し、頷く。いきなり髪を撫でられて頬が赤いのは……よし、引いた。引いたはずだ。ややうつむきがちに先輩を見上げる。
「そう睨むなよ。俺の方はほとんど空振り。お前は?」
「睨んでいません。……私も、ダメですね。出力の桁が違うから、まともには受けられない、という程度です」
「
先輩にとっても、その出力は脅威らしい。やはり、避けるか、そもそも攻撃されずに無力化する方針が最優先だ。
「それと……鑑識データにもアクセスが弾かれました。事件はもう特別捜査係の管轄に移ったようです」
「
「鯨井課長がそのように。ですが……二度も民間人を襲撃して逃げおおせている相手です。放ってはおけません」
思わず拳を握り締めて、言ってしまった。生意気だと思われたかもしれない。けれど、先輩なら、機動捜査官なら、解ってくれると思っていた。
思っていたのに。
先輩の口から発されたのは、否定の言葉だった。
「……いや。お前はもう手を引け」
「ど……どうしてですか!?」
「理由は二つ。一つ目、そういう命令だからだ。
「それは……そうかもしれませんが……」
「二つ目、お前じゃ勝てない。そもそも、
「…………」
反射的に出そうになった『
先輩は正しいことを言っている。わかっている。それでも――拳を、強く握った。
「わかったな」
「……はい」
「よろしい。なら、今日はひとまず休め。休日の使い方も覚えろよ」
ばん、と強く、先輩の手が背中を叩く。衝撃は、手から与えられたのか、言葉から与えられたのか分からないまま、私はその場を後にした。
バイクを制限速度ぎりぎりまで飛ばしても、気分は晴れなかった。
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