▼断章

 黒いハーネスは橋を飛び降り、暗い海に浮かべた小さなボートへと乗り込んだ。


 橋の上は、銃撃音を感知した治安AI〈天網恢恢てんもうかいかい〉により封鎖指定されていた。もう数分もすれば、NFL-セキュリティの機動捜査官シェパードが現場に乗りつけるだろう。


 隠密仕様のボートは波音に紛れるように電動式エンジンを震わせ、静かに橋から離れていく。

 隠密用の電波遮断シートを纏ったハーネスの視界に、メッセージの通知が浮かぶ。秘匿性を重視した回線での、テキストメッセージだ。


『また逃げられたそうだな、ええ?』


 口調まで再現できそうな怒りと嘲りに満ちた文面。〈ミネルヴァ生命保険〉の米倉からだ。ハーネスは返事を脳内に浮かべ、リンクスを通して出力する。


『追っているか?』

『お前さんが逃がさなければ不要な仕事だったんですがねえ。ドローンとカメラで追わせてるが、相手はカタギのタクシーだ。手は出せんぞ』

『構わない。荷物を隠されさえしなければ、向かう先は〈コーシカ商会〉かNFL-セキュリティだ』

『正攻法で掠め取ろうって訳だ』


 単なる文字の連なりに揶揄が浮かぶような言いぐさにも、ハーネスの感情は乱れなかったようだった。


『まあいい。こっちはこっちで動く。わかってるだろうな、あの荷物は』

『あれは。言われずとも、確実に、確保する』

『わかってるなら手を抜くんじゃねえぞ』


 ハーネスは電波遮断シートの中で待機姿勢を取り、聴覚素子を都市に向けたまま呟いた。


「……次は、仕留めるさ」

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