■Upper Stage(3)
「物屋さんだよね。手紙が――」
「……ッ!」
言葉の途中で、物屋は身を翻して走り去る。思わぬ反応に、一瞬あっけにとられ、ぽかんと見送ってしまった。
「……っ、待って!」
叫んで、追いかける。物屋の脚は結構早く、道を把握しているのだろう、迷いのない足取りで走っていく。
「待てこらァ!」
私の誠実な呼びかけにも、止まる気配はない。
路地裏を走る物屋は、ごみ箱を飛び越え、配管を掴んで曲がり、多分違法な何かのケーブルを踏みつけていく。道だけでなく障害物まで把握した逃げっぷりは、逃走慣れしていることを伺わせた。
単純な
饐えた臭いのする路地裏から、徐々に大通りへと向かう。ルートを先導しているのは物屋の方だ。大通りに出て、人ごみに紛れて逃げるつもりか。
「路地を出たところが勝負だね……」
ごみ箱を蹴り飛ばし、あとを追う。見失わないよう、確実性を重視して僅かに
物屋が角を曲がる。追いかけて曲がった瞬間、薄暗い路地裏に、午後の明るい日差しと喧噪が届いた。光のもとへ逃げ込もうとする影を追い、ダッシュをかける。
大通りへ、まず物屋が、一瞬遅れて私が、飛び出した。
そこへ。
「捕まえまし――きゃああっ!?」
「わ、っぷ!?」
鈍くさい声を上げて、横合いから女が突っ込んできた。深い青のボディスーツに、白のプロテクター。
「ちょっと、何なの!? ……って、アンタ、この前の
「いたた……失礼しました……。あ、
「逃げちゃう、早くどいて! 重い!」
「失敬な……!? あの男は我々の参考人です。邪魔しないでください!」
「邪魔してんのはどっちよ!」
「胸を掴まないでください! 逮捕しますよ!?」
もつれ合い、怒鳴り合いながら、何とか機動捜査官の女を引っぺがし、立ち上がる。周囲で面白そうに端末のカメラを向ける連中を睨み付けて追い払った。
藍さんに
『どっちに逃げた!?』
『原付で南。
『原付か……全力なら追い付けるけど……』
全力で走らないと約束したばかりだ。シゲさんの怒った顔が目に浮かぶ。咄嗟に周囲を見回し……いいものを見つけた。
白を基調としたカラーリングの、ごつい
「うう……また取り逃がし……いえ、諦めません」
「ねえ」
「な、なんですか。ぶつかったことは申し訳な――」
「乗せて?」
可愛くお願いしてみたら、露骨に嫌な顔をされた。
「嫌です、というかダメに決まってます」
「良いから早く! あいつが逃げる!」
「こら、勝手に乗らないで……ああもう! せめてヘルメットを付けなさい!」
バイクに跨る機動捜査官の後ろにひらりと飛び乗り、後ろから抱き着く。都市時代前のいわゆる『白バイ』と違い、ちゃんと二人乗り用のシートがあり、狭いそこに尻を落ち着ける。同時に義足の出力を少し上げ、しっかりと挟み込んだ。投げつけられるフルフェイスのヘルメットを被る……折角の帽子が潰れてしまうけれど、仕方ない。
「原付で南!」
「わかってます!」
「で、なんであいつを追ってんの?」
「機密事項です」
「詐欺の容疑者?」
「なっ、何故知っ……機密事項です! そちらこそ何故追いかけているのですか」
「手紙を渡そうとしたら逃げたの!」
「本当ですか? まさか関係者じゃないでしょうね」
「んなワケないっての。その勘の鈍さで本当に機動捜査官?」
「……喋っていると舌を噛みますよ!」
「お、おお? 速い速い、やるじゃん!」
アクセルが回る。エンジンが唸りを上げ、バイクが加速する。思わずはしゃいだ声を上げた。流石の義足も、大型の機動捜査官用バイクの速度には敵わない。自動運転の車列を抜けて道路を爆走するバイクの上で、流れていく風景をつかの間、楽しむ。義足に感じるエンジンの振動が心地よい。
「ね、名前は?」
「
「名前の方!」
「ああもううるさい、絹重です、
「じゃあ、キヌ! もうちょっとスピード出そうぜ!」
「その呼び方! 集中を乱さないでください……!」
ハンドルはほとんど動かさず、身体の傾きでバイクを操る、キヌ。さっきぶつかってきたのと同じ女とは思えない、鋭い技術だ。迷いのないルート選択は、警察企業としてリアルタイムでドローンや監視カメラの映像を共有しているのだろう。
「捕捉しました!」
キヌが叫ぶ。視線を巡らせ、私も見つけた。明るい茶髪に、ボロい原付。
「NFL-セキュリティの前で
叫びに答え、バイクが咆哮する。伸びるような加速で追いつき、前へ出た。身を捩って振り向き、叫ぶ。
「極悪非道のNFL-セキュリティだ! 吹っ飛ばされたくなければ止まりな!」
「しませんよそんなこと!?」
その脅しが効いたわけではないだろうが、原付が急ブレーキ、急カーブ。オーバーシュートした私たちを置いて、原付を放り出し、再び路地裏に駆け込んだ。
物屋が向かう先は――間違いない。
「
キヌが横倒しにする勢いでバイクを制動し、停める。バイクから飛び降り、ヘルメットをキヌへと投げ返した。
物屋が消えた路地へ向けて並んで走りながら、潰れた帽子を軽く整えた。
「メット、ありがと。……警察企業のヒトは入らない方がいいんじゃない?」
「そうも言っていられません。ティコさん。物屋を発見したら連絡してください、いいですね?」
「私は手紙を渡したいだけ。そっちが先に捕まえても、譲ってくれないでしょ?」
「当然です」
「お話になんない。じゃーね、キヌ! ……バイクの運転は凄かった、また乗せて!」
並走は、路地に入るまで。路地裏にはドローンも飛んでいなければ監視カメラもない。お互い、自分の目と足で探すしかないわけだ。手を振り、走る速度を上げて引き離す。機動捜査官のバイクスーツは、軽量型とはいえパワーアシストだ。
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