■Upper Stage(2)
「そこには誰もいないよ」
「え?」
唐突に飛んできた声に目を向ける。隣の部屋だ。
「アンタも騙されたクチか。いい迷惑だ、静かにしてくれ」
「どういうこと?」
隣の部屋の中から聞こえてくるのは、不機嫌そうな男の声だ。
興味を惹かれてそちらに寄る。疑問に対する答えはなかった。
こういう時必要なのは、そう。誠意と、
「……
「……もう一声」
「ドア蹴破るぞ♡」
「そこは詐欺師のニセ住所だよ。『三人同時結婚詐欺事件』、あっただろ」
「なにその馬鹿みたいな事件」
思わず突っ込みを入れてしまった。羽刈に確認してみる。
『三人同時結婚詐欺事件って何』
『あったな、そんなの。凄腕の詐欺師が、女二人と男一人を同時に引っかけたとか。……関係者か?』
『詐欺師なんだって』
『それだけ情報があれば……よし。
羽刈から送られてきた顔写真は、非合法ニュースメディアらしい、画質の荒いものだった。遠間から盗み撮りしたのだろう。それでも、明るい茶髪に、爽やかな笑みを浮かべた、端正な顔立ちは見て取れる。
『すげえな、こいつ。
『まあまあ格好いいのにね。もったいない。好みじゃないけど』
『お前の好みっつーと?』
『コリン・ファース』
『釣り合わねえ……』
隣人さんにお礼のつもりで扉を軽くノックし、マンションの廊下から外へ跳ぶ。向かいのビルへ飛び移り、屋上へ上がった。ここからならマンションの様子も、周囲を歩く人も見える。
「ふふふ。いただきまーす……」
羽刈がデータを浚っている間に、私は休憩がてら見張り。懐から、買っておいたあんぱんを取り出す。張り込みの定番だ。
甘い餡を味わいながら、脚のコンディションをチェックする。
銃持ちとハーネスと戦って、その後長めのジョギングとダッシュ。義足にはかなりの負担を掛けたはずだ。実のところ、一晩経ってもまだ、
私の義足は、戦闘用ではない。軍隊や、
もちろん、義足の出力は人間の脚より強いから、
「……あむ。でもなー……」
あんぱんを齧りながら、思い出すのは黒いハーネスの動きだ。怪我なく逃げおおせたのは、あいつが北楽さんを優先したからに過ぎない。多分、ちゃんとした戦闘技術を身に着けてるやつだ。数秒の交戦だったけれど、本気で襲われたら勝てる気がしなかった。
武器を持つか。
「……次に出会ったら、やっぱり逃げるしかないか」
溜息。悔しいけど、戦うのは本業ではないから仕方ない。
考え事をしている私の視界に、何かが引っ掛かった。視線を巡らせる。明るい茶髪、ラフな白系のシャツ姿。バックパックを背負い、何やら後ろを気にしながら足早に歩いてくる男。物屋だ。
歩いているのは住所から二本離れた通りだ。こっちの住所はダミーなのだろう。
「見っけ」
食べ終えてしまったあんぱんの袋をしまい、ビルの屋上から飛び降りる。途中、ベランダや配管に脚を引っかけて速度を制御しつつ、二階で壁を強く蹴る。空中に飛び出して、身を捩って角度を調整し、目測ぴったり、物屋の前に降り立つ。
「なっ……なんだアンタ?」
「物屋さんだよね。手紙が――」
「……ッ!」
言葉の途中で、物屋は身を翻して走り去る。思わぬ反応に、一瞬あっけにとられ、ぽかんと見送ってしまった。
「……っ、待って!」
叫んで、追いかける。物屋の脚は結構早く、道を把握しているのだろう、迷いのない足取りで走っていく。
「待てこらァ!」
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