また会えたから、また頑張れる 9
右手に青剣、左手に金槍を持ってのチョウの猛攻を、エバカは分厚い針の盾三枚を使って必死に防ぐ。
反撃に針を撃つが、チョウは赤子の張り手でもかわすかのように容易く避け、猛攻を継続してしまう。
その冷たい目が、エバカの肝を冷やすのだ。
「っ!」
破れかぶれに、エバカは迂回させていた針をチョウの頭上から降らせる。
チョウの足の動きを見て、チョウが足を動かした直後、瞬時に跳躍で反応できないタイミングを狙い撃ったつもりであった。
その瞬間、チョウの体が前兆なしに後方へとふわりと飛んで、頭上から降り注いだ針の雨が、当たることなく地面に突き刺さる。
まるで唐突に重力を操る魔法でも使ったかのような、不自然な浮遊。
「!?」
だが、その動きの理由はすぐに分かった。
チョウが右手に青剣を持ち、キタが右手に青剣を持ち、ワイヤーがその二つを繋げている。
チョウとキタが同時に剣を引くことで、二人分の腕力を使った緊急脱出がいつでも使える手段として、そこに存在していたのだ。
チョウは空中でくるりと後方宙返り。
同時に、キタがチョウから受け取っていた銃を撃ち、散弾が一秒前までチョウが居たはずの空間を通り抜け、エバカの全身を撃ち抜く。
「がッ」
一歩間違えれば仲間への誤射もありえる緻密な連携は、機関銃だろうと散弾銃だろうと捌けるはずのエバカに、意識の隙をついた攻撃を成立させていく。
再度行われる、黒い冒険の書による再生。
空中でくるりと回ったチョウの肩の銀装甲が弾けると、それが生んだ推進力でチョウは斜め上から鮮烈に接近し、槍でエバカの首を跳ね飛ばす。
そして推進力を乗せて青剣を引っ張り、同時にワイヤーも巻き上げる。
チョウの腕力、推進力、ワイヤーの巻き上げ力に引っ張られたキタが、その力を利用して大跳躍し、一瞬にしてエバカに接近。
キタの剣とチョウの剣槍、三つの斬撃がまた再生したエバカをまた切り分けた。
十年付き合った恋人でもここまで通じ合ってはいないだろうと思えるほどに、キタとチョウは通じ合っている。比類なきほどに。
再生前のエバカの死体を、キタとチョウが息を合わせて蹴り飛ばした。
「こん、なっ……!」
そうして、蹴り飛ばされた先で、再生したエバカは。
「猛き風の神 魔獣の時代に人を守りし神の名残 風神プトルヤが遺した風よ 爆ぜよ 爆ぜよ 爆ぜよ 其は地を撫でる天下万民が為の剣っ!」
最後の再生の余裕を削り落とす、黄金の技が待ち構えているのを見た。
「【ブレードブレス】ッ!」
右手で握った黄金の剣を、左手から吹き荒ぶ緑の風にて爆発的に加速して放つ、ダネカが最も得意とする強撃。
深緑の魔力光と、黄金の反射光が一体となり、世界に一閃が刻まれた。
ダネカの攻撃の後、エバカはどこにも居なかった。
死体も残らなかった?
違う。
ダネカが放った技の性質から計算すれば、どう死んだとしても死体の痕跡程度は残るはずだ。
それすら無いということは、逃げ切ったということだろう。
どう逃げたのか。
針を飛ばす後方支援型のエバカは、本来単体での戦闘に向いているタイプではなく、当然機動力で戦線離脱するのにも向いていない。
たとえるなら、
「……」
「どうだ、キタ」
「たぶん逃げられてる。ダネカの一撃は下手すると決まってないね」
「だろうな……途中からまあまあ逃げ腰だったしなあいつ……」
「構いません。我々の今の目的は一刻も早く過去に飛ぶこと。あの敵の目的は実は我々の足止めだった可能性すらあります。敵を倒すことより、過去に移動することを優先して考えるべきです」
「うん、チョウの言う通りだ。急いで……」
その時。
キタ達の頭上を、飛翔する時空の穴を追いかけるカイニが通り過ぎた。
建物の屋根から屋根へと飛び移るカイニは、穴との距離を徐々に詰めていく。
「カイニ!?」
「追うぞ! 行くんだろ、時間を直すために、過去に!」
「キタさま! チョウの背に乗ってください! ……あ。あ、あと、チョウは動いた後なので、汗をかいていますが、いつもこの臭いというわけではなく……」
「毎回それ言ってるね君」
「言ってる場合かこのバカ! 急ぐぞキタ!」
三人は、カイニを追った。
一方その頃。
黒い冒険の書のページを使い切ったエバカは、路地裏に転がっていた。
自己強化。
自己再生。
緊急離脱。
全てにページを消費してしまうがゆえに、エバカはこれ以上戦えない。
黒い冒険の書の秘密がバレることや、アンゴ・ルモアの暗躍が露見することは、なんとか免れた。
されどエバカに安堵はない。
あるのは動揺、恐怖、そして危機感だけだ。
「あっ……危なかった……あれは、
あれで、三人。
あの三人だから強いのか。
あるいは、四人、五人と増えていくたびに、更に強くなっていくのか。
『明日への靴』。
キタの追放から、もはや完全に機能不全に陥ってしまったと聞く、王都最強のS級冒険者PT。『S級』の名に恥じない、規格外の怪物の集団。
甘く見ていい相手ではなかったのだ。
「あ、甘く見ていた……いや、シサマ様も、きっと甘く見てる!」
エバカは新たな危機感を得た。
私情で挑み、叩き潰され、学びを得たのだ。
見下していたキタ達を、自分達よりも格上の敵として見定め、全ての侮りと油断を捨て、エバカは心の緩みを引き締める。
「あんな奴ら相手にしたら、シサマ様と姉妹が揃ってても、負けかねないっ……! 万が一にも、あの三人が組んでる状態を復活させちゃならないっ……!」
されど、無様を晒して得た収穫もあった。
「だけど、確認は取れた……刻の勇者キタはまだ聖剣を自分の意思で呼び出せない……! 聖剣が恐ろしくても、今ならまだ殺せるっ……」
エバカは重要な情報を掴み取った。
しかしもう、意識が続かない。
幾度となく殺され、気力・体力・魔力のほとんど全てを削り落とされ、黒い冒険の書のページも失ったエバカは、もう今の自分を保てない。
「くっ……強制休眠……そのまえに……れんらく……を……」
やがて、エバカの体は光の粒へと分解されていく。
人の体が分解されて消えてなくなり、後に残されたのは一匹の蛇。
蛇はページが無くなった黒い冒険の書を咥えて、瓦礫の下に身を潜める。
エバカはそうして、長い長い眠りについた。
キタ、ダネカ、チョウが、一旦カイニの追跡を断念する。
それは、とうとう王都に『本隊』が侵入を開始したから。
「魔王軍……!」
チョウが背中から降ろした後、キタが難儀そうな表情で頭を掻いた。
「僕が先行する。罠確認と偵察しながら進むから、ダネカとチョウはいつも通りカバーを。敵を見た時に先制攻撃か隠密行動かの判断は、こっちでするから」
「おう。へへっ、ロボトが来る前に戻ったみてえじゃねえか」
「了解です。お気をつけて」
キタが先行し、どの方向にも速く動けるチョウが続き、魔法で器用な動きが出来て
この三人だからこそのフォーメーションで、三人は進む。
「チョウ」
「どうかなされましたか、ダネカさま」
ダネカが話しかけ、チョウの体が僅かに強張る。
命を奪う寸前まで締め上げる暴力、そして性暴力。
チョウに刻まれたダネカの暴力の傷は、チョウの奥深くに残っている。
気持ちだけは昔に戻れたため、戦闘連携は問題なくこなせたものの、チョウの中には未だにダネカに対する拭えぬ嫌悪感が残っていた。
ある意味、チョウに『奴隷であることを忘れさせた』のがキタならば、『奴隷であることを思い出させた』のが狂ったダネカなのかもしれない。
「こいつを持ってけ」
ダネカは、チョウに金と銀の装飾がなされた黒い短剣を渡した。
ダネカはサブウェポンとして投剣を扱う。それに使うものなのだろう。
「こいつには防御に関する魔法効果を貫通する効果がある。使う時に多少使い手の魔力を吸うが、チョウなら問題なく使えんだろ」
「これを、どうしろと?」
「キタに元の歴史の俺のことを頼んだが、キタのことだ。土壇場で俺を救おうとして腐った俺に殺される可能性がなくもない。俺は絶対にそんなことしねえが、狂った後の俺がどうなってんだか俺にはさっぱり分からん。そこでだ。俺が許可する。そうなりそうだったら俺をぶっ殺せ」
「え、ええ……」
「俺がぶっ殺してやりてえが、どうやら行けねえらしいからな。俺の代わりに俺をぶっ殺してこい、チョウ」
「ええー……」
驚愕と、呆れと、納得が混ざった声がチョウの口から漏れた。
そういえばこういう人だったな、とチョウは思い出す。
「お前、俺よりキタのこと大好きだろ! やれるな?」
「やれるな、じゃないんですよ。なんてこと言うんですか」
ダネカがこういう人間だから、チョウは『こうはなれない』と思わずにはいられないのである。
ずっと、ずっと、そうだった。
これが黄金なのだ。
「一つくらい願い聞いてくれよ。この前チョウに告白してフラレて俺めちゃくちゃ落ち込んだんだぞ。キタが一週間くらい毎晩立ち食い屋で愚痴に付き合ってくれてたんだぞ。慰め代わりに一つくらい言うこと聞いてくれてもいいだろ?」
「それはそちら側の世界のチョウのことなので、知ったことじゃないのです」
生き方が豪快すぎて、他人の柔らかい部分を丁寧に扱えない。
ダネカのこういうところが、チョウは少しだけ苦手で、だから異性として見られそうになくて、でも仲間としては、この上ないほどに信頼してきた。
『これ』がキタに足りないものだと、チョウはよく知っていたから。
「『俺がもし間違ったらお前がその剣で止めてくれ!』っていう伝説のワンシーンみたいな状況で、よくそこまで冷てえ対応できるな。心が鉄か?」
「そういう伝説第一なところがあって、結構雑で、雑にやった後にキタさまになんでもかんでも丸投げする癖があるから、そっちのチョウがフッたんだと思いますよ」
「発言の切れ味鋭ッ」
チョウは呆れの溜め息を吐いて、受け取った短剣を握り締める。
「……ただ、もしもの時、キタさまを守るというのは、約束致します」
「頼んだぜ。その短剣なら、なんだって守ってくれるはずだ」
そう言って、ダネカは『キタを守るための剣』と言って、『キタとチョウを守るための剣』を譲った。
ダネカ本人だからこそ、ダネカを殺すのに一番有効な剣がなんなのか分かる、ということなのかもしれない。
「ダネカ、チョウ、警戒」
二人の間に声で割って入るようにして、キタの声が聞こえる。
瞬時に戦闘態勢を取ったダネカ、耳を立てて音を拾い始めるチョウ。
「キタさま、何か来ます。……あれは……あれ、は……」
そうして。
チョウは大鷲の魔物に空中から運ばれてきた一人の魔族が、聞き慣れた音を立てながら、上空より落ち来たる風切り音を耳にした。
「チョウが足止めします! お二人は逃げて! あれは───」
わるいゆめが。
落ちてくる。
時空の穴を魔剣の魔力で捕らえたところで、カイニはその魔族に発見された。
いや、発見することは最初から決まっていて、事実が先にあり、現実が事実に追従する形で、今カイニがその男に出会ってしまった……というのが正しい。
何故ならば、その魔族が力を込めて発した言葉は、絶対に『逆の形』で実現してしまい、絶対に嘘になる。その魔族は、そういう力を持っていた。
世界から、嘘つきであることを強いられている魔人。
かつて前線で、カイニを娘のように扱ってくれた傭兵団長も、カイニに様々な心掛けを教えてくれた神聖王国騎士団長も、カイニに美味しい牛タンシチューをいつも作ってくれた肉屋のおじさんも、優しかった宿屋のおばちゃんも。
みんな、みんな。
この魔族が古より蘇らせた難毒を手にした魔王軍に殺された。
毒で最後まで苦しみながら死んでいった。
だからカイニが、この魔族のことを忘れることはない。
「おやおやぁ、『勇者カイニには会えなそうだ』なんて言ってたら、まさかのまさかの、
「……ケマル」
男の名はケマル。
またの名を『虚実反転舌禍』。
発した言葉の真実と嘘を、現実ごと裏返してしまう、悍ましき
「
この魔人が『会えない』と言えば、その相手には絶対に『会える』ことになる。
現実がそうついてくる。
世界が現実を捻じ曲げてでも、この魔人を嘘つきにしようとするから。
「ボクは死んだ後もキミと毎日顔を合わせるなんてごめんだね。気持ちが悪い」
「そんなあ、
「それも嘘だろ、キミの舌はそういう舌だ」
「んふふ」
ぐにゃあ、と、魔人の顔がタコの足のように曲がって、嗤った。
「この辺、『空気がある』んじゃあないかい?」
しゅんっ、と。風船から空気が抜けるような音がして。
辺り一体から、空気が全て消滅する。
「っ!」
「あれえ、もしかしてえ、今日は『剣の雨が降ってない』のかい、珍しいねえ」
口元を抑えるカイニの頭上で、無数の剣が発生する。
「おや、この街の路面は綺麗で『滑りそうにない』ねえ、いいことだ」
飛んで逃げようとするカイニの足が、滑って転ぶ。
「……!」
転倒したカイニに向かって、無数の剣が降り注いだ。
血の雨、ではなく。
血を流させる雨だった。
キタ達の前に現れた魔人は、
白く、ウネウネとしていて、けれどどこまでも乾いている、そういう魔人。
だがその体表が、周囲の全てから何もかもを吸い上げ、喰らっている。
乾燥剤が致死の域まで己を高めたらこうなるのだろうか、と思わせるほどに、『乾燥』が全てを吸い上げていく
「ぐ、あっ、カッ……!」
チョウは既に突っ伏して動いていない。
ダネカは黄金の剣を杖にして膝をついているが、もう走る余裕もない。
キタは壁に寄りかかり、この場をどう打開すればいいのかを考え続ける。
魔人の名はノーマ。
またの名を、『剥死肌死餓死』。
この魔人の周囲では、全てのエネルギーが引き剥がされて捕食され、全ての生物と物体の肌がひび割れていき、やがて誰もが餓死に至る。
肌より現れる飢え。
それが、この魔人の力である。
投げた剣は、運動エネルギーを失って落下。
弾丸はエネルギーを奪われて飛んでいられない。
魔法を放っても、途中で魔力を食い荒らされ、命中前に消滅する。
砂のようにエネルギーが少ないものは、質量までもを奪われて消滅。
人の肌は水分や肉を奪われ、どんどんとヒビ割れていく。
岩までもが密度の薄い部分の質量を奪われ、自重で割れ、ヒビ割れていく。
鳥が死ぬ。
虫が死ぬ。
樹が死ぬ。
体が小さい順に、生命力が弱い順に死んでいく。
生命を維持するために必要なエネルギーを奪われ、餓死を迎えていく。
体が一番小さなチョウが、真っ先に生命維持に使うエネルギーを尽き果てさせたのは、至極当然の話であった。
「ぐっ……くっ……!」
キタは打開策を思いつけず、チョウを守るように、チョウを覆い隠すような形で抱きしめる。
「……キタ……さ……」
チョウがキタを押しのけてキタを助けようとするが、力の入っていない手では押しのけることなどできようはずもない。
「へ、へっ……まいったな、こりゃ……」
そんな二人を庇うようにして、二人とノーマの間に、ダネカが割って入る。
自らを盾として二人を守ろうとするダネカだが、彼もあと一分は保つまい。
相手が悪すぎる。
もはや黄金の鎧は剥がされ、吸われ、喰われ、最初にあったはずの魔導効果の全てを失い、黄金の色さえも奪われ、ただの鎧と化していた。
魔王軍全てと『魔王の五覚』全てを相手にし、一時間弱の時間を稼いでくれたアオアも、もういない。
かつて『魔王の五覚』を一体ずつ倒していった勇者PTも揃っていない。
盤面は、着々と詰みに近付いていた。
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