また会えたから、また頑張れる 8

 アオア達が仲間に入る前も、入った後も、『明日への靴』の切り込み隊長はチョウだった。

 今もそれは変わらない。

 神速の踏み込みで、チョウが針の雨へと立ち向かう。


 エバカの針がチョウをハリネズミもどきに変えようとした、その瞬間。

 チョウの右手の銃が、斜め後方に──誰も居ない方向に──火を吹いた。


 チョウの可変弾頭魔導銃『イキシア』は、チョウくらいにしか全性能を使いこなせないという使用難易度を誇るが、使いこなせさえすれば、瞬時にどんな弾丸でも設定して撃てるという汎用魔導武装である。

 『砂粒未満の小弾頭を煙状にして発射する』という使い方をして、チョウは銃をブースターのように扱い、針をかわしつつエバカの真横を取る。


「んなっ……銃の使い方か、それ!? だがぼくには……」


 瞬時に魔力膜を動かし、右のチョウを針で撃ち抜かんとするエバカ。

 しかし、『明日への靴』はそんな安易な対応でどうにかできる相手ではない。


「纏え、走れ、吹け、風!」


 チョウがエバカの右手側から接近するのと合わせ、簡易詠唱三節で加速したダネカがエバカの左手側から接近した。

 一瞬後には、左右からチョウとダネカがエバカを斬り殺す挟み撃ちである。


 『明日への靴』は、流れるように速度を合わせる。

 PT最速のチョウが突出しないように合わせて動き、チョウの速さに合わせるために風魔法で加速して動くのが、魔法剣士のダネカの果たす役割である。


「チッ」


 エバカは、胸の奥に融合させた黒い冒険の書から黒龍の魔力を引き出す。

 針の塊を一気に強化し、両面の防壁として展開しようとした。

 が、その時。


 右にはチョウ。

 左にはダネカ。

 そしてエバカの背後から、不自然に何かが転がる音がした。

 建物が崩れる音などではない、まるで、誰かが蹴った石が転がるような音。


「───」


 エバカは気付く。

 キタの姿がない。

 ドッ、とエバカの背に冷や汗が流れた。


 その音は、キタがあらかじめ投げていた石が立てた音だった。

 キタはエバカの背後に放物線を描いて石を投げて、すぐ隠れただけ。

 それだけのことだが、一瞬の思考時間しかないエバカに判断の余裕はない。


 引き出した黒龍の魔力を使って、エバカは針を強力なトランポリンのようにして、自分を上空に跳ね上げた。

 そうして、三方向からの同時攻撃をかわせる上空へと跳ね上がる。


「なにぃっ!?」


 上空に上がったエバカは、敵の位置を確認せんとする。

 だが確認する間もなく、飛来する青い剣があった。

 キタが投擲した右の双剣である。


「っ」


 エバカは人間離れした反射神経で身をひねってそれをかわす、が。


「爆ぜろ、吹きとばせ、炎!」


 ダネカの炎魔法が青剣の横で爆発し、炎熱をまとった青剣が跳ね戻るようにして飛び、エバカの喉を切り裂いた。


 飛び散る肉、吹き出す血。


 エバカの胸の黒き冒険の書が黒く輝き、一瞬で傷を修復する。


「……ぼくには無い強さ、というわけかっ!」


 エバカは魔力で強化した針の塊を空中にいくつも浮かべ、それを周囲で飛ばし、それらを足場として跳んで、空中の好位置からの攻め手を探り出す。

 エバカに攻撃の余裕を与えんがために、ダネカは風の魔法を放つ。


「斬れ、飛べ、斬れ、飛べ、分かれろ、風っ!」


 短縮詠唱五節の、中級魔法相当の風の刃を六連射。

 しかしバッタのように空を跳ね回るエバカには当たらない。

 今のエバカは、機関銃の弾幕すらすり抜けるだろう。


 だが、それでいい。

 これは囮である。


「チョウ!」


「はい!」


 キタが指を噛み合わせて、両手を構える。

 そこに駆け込んできたチョウが飛び込み、キタの両手を足で踏む。

 そしてキタが思い切りチョウを跳ね上げ、チョウが思い切り飛び上がる。

 二人分の力にて、チョウは弾丸の如き勢いで空へと跳ね上がった。


 狙う先は、当然エバカ。

 にぃぃぃっ、とエバカが歯を剥き出しにして笑う。


ぼくの前でそんな手を撃つのは、無防備じゃないかなぁ!」


 エバカの周りの針が、一斉にチョウへと向かって発射された。

 魔力膜が、針を音速の数倍まで加速させていく。


 チョウは『鎧装』でメイド服の上に銀色の装甲を纏っていたが、それは魔力を編み上げて作ったものであると、見れば分かるようなものだった。

 ダネカの鎧のような魔導効果を持っていないことは明白である。

 隙間も多く、エバカの針ならその隙間を用意に撃ち抜ける。

 エバカにとっては無いに等しい装甲だった。


 そして、針がチョウへと殺到し。


 チョウの、チョウが空中で加速した。


 チョウの速度を見誤った針が全て外れ、針の合間をくぐり抜けたチョウが両手で黄金の槍を振るう。


「は!?」


 エバカの胴が、魔力を込められた魔導槍『フリージア』により、容赦なく、回避さえ許されず、両断された。

 人間離れしたエバカの反射神経でも反応すら間に合わないほどの、技と速さを極めた一撃。神域の一撃であった。


 黒い冒険の書がエバカの体を瞬時に修復し、エバカは反撃すべく振り返る。

 そこには無防備なチョウが居た、はずであった。

 だが、そうではなかった。


 背中側の装甲を外に向けて爆発させたチョウが、爆発の反動を推進力として、また空中を跳ねていた。


……!?」


 常識外れの用法に、そして普通の人間では真似ることすらできない超技量の戦闘技法に、エバカは慄く。


 鎧とは、本来重さによって速度を多少失い、耐久を上げるものである。

 スピードを下げ、防御を高める、受けの装備。

 ダネカの黄金の鎧も、多少スピードを下げて仲間を庇えるだけの耐久力を手に入れる、そういう目的で装備されているものだ。

 だが、チョウは違う。


 チョウは高い魔力を練り上げ装甲とし、重量の無い鎧を身に纏い、それを戦闘中に使い捨ての加速器として使うことで、スピードと攻撃力を上げるのだ。

 全身を守るために、全身を覆うのではない。

 全身のどこでも加速させられるように、全身を覆っている。

 それこそが『鎧装』。


 装甲を消費して接近し、装甲を消費して跳躍を捻じ曲げ、装甲を消費して一撃の速度と威力を上げる。

 空に跳べば、数秒だけなら空だって飛べる。

 小柄で軽量な体を活かして、風のようにどこでだって舞える。


 それこそがチョウ。

 銀の髪を靡かせて舞い戦うその姿は、まさしく『銀麗』である。


 引き換えとして凄まじく魔力と体力を消耗してしまう、短期決戦型の戦闘スタイルであるため、一人で戦う時はおいそれと使うものでもない。

 が。

 仲間が居るなら、消耗もカバーしてもらえる。

 魔力を使い切っても、仲間に守ってもらえる。


 ゆえに、チョウは信頼する仲間達と共に戦っている時にしかこれを使わない。

 このスタイルそのものが、キタとダネカに向けるチョウの信頼の証明である。


 守るための黄金と、殺すための白銀。

 それこそが、『明日への靴』の誇る輝き。

 空中で鎧を消費して飛びかかってくる銀狼に、エバカは嘲笑を引き攣らせる。


「けど、まだ!」


 エバカは黒龍の魔力を注ぎ込んだ針を固めて、盾とする。

 同時に針を飛ばし、防御を固めつつ反撃を行った。

 しかし、そこで気付く。

 チョウの両手に『青い双剣』が握られていた。


 どこから、と思った瞬間には、エバカの戦闘思考が瞬時に答えを導き出す。


「尾か!?」


 チョウがキタと力を合わせて跳ね上がった時、キタが双剣のワイヤーあたりをチョウの尾に引っ掛け、チョウが空中で槍から双剣に持ち替えたのだ。

 チョウは銀狼の獣人。

 その尾は美しく、また強靭である。


 戦闘前、キタが初歩的な魔法でダネカ・チョウの魔力と双剣を紐付けているのを、エバカは見ていた。魔法の詳細は分からないが、あれがチョウに双剣の使用権を与えるものか、チョウが使いやすくするためのものだと思えば合点は行くと、エバカは瞬時に思考する。


 だが、もう遅い。

 チョウの装備を見誤ったエバカでは、ここからの競り合いに手が足りない。

 エバカの予想は、綺麗に外されたのだ。


 最初の一瞬。

 チョウの両手の双剣による乱舞が、飛んできた針を全て斬り落とし、チョウのスカートの尻辺りの装甲が爆発して、チョウを瞬く間にエバカに肉薄させる。


 次の一瞬。

 エバカが守りのために展開した針の盾が、エバカを守る。

 だが、手数が足りない。

 流れる風のように素早く、無駄なく、流麗に振るわれる双剣の連撃に、全ての盾が左右に斬りどけられる。


 最後の一瞬。

 双剣でこじ開けられた防御の隙間に、チョウの尻尾が握り締めた黄金の装飾の槍がするりと尾に振るわれ、エバカの喉へと突き立てられた。

 ぐさりと、槍が首を貫通する。


 二刀一槍、三連撃。


「がッ」


「冥土の土産に、ささやかな舞を披露させて頂きます」


 黒い冒険の書が、瞬時にエバカの喉を再生する。


 だが、無事だったのは一瞬だけ。


 蘇ったエバカが構えを取る前に、目の前には双剣を振り上げるチョウの姿。


 銀狼の顔が、絶対的強者の『圧』をエバカの眼球に焼き付ける。


「あ」


 一息の間に、渾身の斬撃86回。


 バラバラになったエバカの体が、地面に向けて落下していく。


 その体も、同化していた黒い冒険の書が綺麗に再生する。


「ぐっ……くそっ……ぼくの書のページの残数が……!」


 落下していくエバカは、恐るべき銀狼を見上げ、自分を見下ろす銀狼の冷たい目線に震え、危うく失禁しそうになってしまった。


 そして、そこで気付いた。

 チョウは最初槍を両手で持ち、尾で双剣を持っていた。

 今は双剣を両手に持ち、尾で槍を持っている。


 じゃあ。


 チョウが持っていた、


「ダネカ、チョウ。作戦は継続。もう少し削り続けて再生に限界があるか見よう」


 淡々と、そう言いながら、引き金を引く男が居た。

 声がした方に、地面の方に、空中のエバカが反射的に顔を向ける。

 そして、見てしまった。


 自分に迫る散弾を。

 散弾を放つ可変弾頭魔導銃『イキシア』を。

 そして、チョウの銃を撃つ、キタの姿を。


「はぁっ!?」


 何度も、何度も、キタは引き金を引く。

 落ちていくエバカが、何度も何度も散弾で蜂の巣にされていく。

 その度に、黒い冒険の書がエバカを再生する。

 その度に、キタの放った散弾がエバカを貫いていく。


 彼らの日常を真っ当に眺めて、それを理解できていれば、勘のいい者ならば、あるいは誰もが気付けていただろう。


───そもそも僕が今使ってる剣投げの技術は君の真似だろ


───あん? そうだっけ


───ええ!? 特訓しただろ!? 僕とダネカで! 才能のない僕が君にめちゃくちゃに鍛えられて、『生き残るために憶えろ!』って君が……!


───ケッケッケッ、憶えてねーや。なんかあったっけ?


 彼らが、ことに。


 キタを死なせないために、ダネカが剣と魔法を噛み合わせる技術と、剣を投げる技術を教え、キタの双剣も逆に学んだ。

 チョウがキタを死なせないために、立ち回り、銃の基礎、槍の基本理念を教え、キタの双剣も逆に学び、独自にそれを昇華させた。

 だから、ダネカとキタ、チョウとキタの間でならば、武器交換は成立する。


 彼らは心だけでなく、戦う技の中ですら、強く強く繋がっている。


「チョウ、ダネカ! パターンA-β-9!」


「キタさまの命じるままに」


「おう!」


 キタには動いている的に当てる腕も無く、チョウがキタに合わせてオーダーメイドじみた弾頭設定をしてくれなければ、散弾ですら命中率は微妙になる。


 だが、空中でただの的になっているエバカであれば、何度だって撃ち殺せる。


「ぐっ、くっ、ああああああああああっ!!!」


 エバカは死と再生を高速で繰り返す中、連続で千切れ飛んでいる思考を無理矢理に繋げ、幾千万の針をキタへと降らせる。


 キタが横っ飛びにそれをかわすと、膨大な数の針が地面に着弾し、針が地面を抉り喰っていった。

 凄まじい形のクレーターが発生し、地面に大きな穴が空く。

 キタへの我武者羅な反撃の代償として、エバカは猛烈な勢いで首を下にして地面に激突、首が折れたが、それも黒い冒険の書が再生する。


 素早く飛び起きたエバカが見たのは、紅蓮を纏う黄金だった。

 炎の輝きを宿した、黄金の剣と黄金の鎧。

 絶望を焼き尽くす、黄金の炎。


「焼け、焼け、焼け、炎!」


 業火と斬撃で、エバカは一瞬にして二度死んだ。

 ここまでの攻撃でも幾度となく激痛は走っていたが、焼かれながら切り捨てられる痛みは、その中でも格別の苦痛を伴っていた。

 エバカは歯を食いしばりながら、後方に走って逃げようとする。


 その足を。

 草が、掴んだ。


「!?」


 魔法ではない。

 草だ。

 頑丈な雑草を選んで、草を結んで、ロープ並の硬さになるように計算して結ばれた、草の輪っかがそこら中に仕込まれていた。


 キタは、こういったものを簡易なものなら一秒で、格別に頑丈なものでも三秒程度で作れる手先の器用さを持っている。

 ダネカやチョウがこれらにかかることはない。

 何故ならば、一緒に過ごしてきた長い長い時間の中で、何度もキタはこれを使い、何度もこれに引っかからないように説明を繰り返し、何度もこれで敵だけを嵌めて来たからだ。


 右足が引っかかったエバカが草を根っこごと引き抜こうと、力を入れるために左足を動かすと、その左足も別の輪っかに引っかかる。


「くそっ、くそっ、クソッ! ぼくにこんなっ……!」


「もういっぱぁつ! 爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ、炎!」


 そこに、ダネカの渾身の一撃が叩き込まれた。


 エバカの全身がバラバラになりながら、肉体の破片があちこちに吹っ飛び、黒の冒険の書がそれを再生していく。


「なっ……めんなっ、ぼくをッ!!」


 再生した体が地面につく前に、エバカは針を魔力膜で激烈に撃ち出す。

 殺意を込めた、渾身の一撃。

 音速で飛ぶ銀の河が、キタだけを狙って飛翔した。


「反り立て、堅く、堅く、土!」


 だが、仲間の連携によってエバカの攻撃が散り、ダネカへと向かう攻撃も減り、詠唱の時間も確保できるとなれば、余裕はある。

 ダネカはエバカが再生直後にキタを睨んだ瞬間から詠唱を開始し、エバカが放った針がキタに届くその前に、強固な土の壁で針の全てを受け止める。


 と、同時に。

 ダネカはチョウの落下地点へと走った。


 キタが銃を空中に投げる。

 チョウが双剣をキタへと投げる。


 空中で銃を受け取ったチョウが瞬時に徹甲弾を設定し、それを撃つ。

 双剣を受け取ったキタが走り出す。

 撃たれたエバカの頭が消し飛ぶ。

 ダネカがチョウの落下地点へと到達する。


 エバカの頭が再生する。

 再生と同時、キタが投げた青い剣が、エバカの首を切り飛ばす。

 ダネカが黄金の剣を構える。

 チョウが、ダネカが構えた剣の腹に着地する。


 エバカの首が再生する。

 キタがもう片方の双剣を投げ、エバカの額に投げ刺す。

 ダネカが黄金の剣を思い切り振り、チョウを打ち出す。

 チョウがダネカの黄金の剣を思い切り蹴り、神速で飛び出す。


 キタが両の剣を投げた後、双剣を繋いでいるワイヤーを引っ張り、双剣を手元に引き戻す。

 エバカの頭が再生する。

 神速で飛来したチョウの槍の魔力斬撃が縦一閃。エバカを真っ二つにする。


 エバカが再生するが、チョウを打ち出した後に風の刃を飛ばしたダネカの追撃により、上半身と下半身が生き別れる。

 なおも瞬時に再生するが、キタの肩にとん、と着地したチョウの至近距離徹甲弾で胸を撃ち抜かれ、また死ぬ。

 それでも瞬時に再生するが、キタの双剣と、キタの肩に乗ったままのチョウの槍による同時攻撃で、また死を迎える。


「ぐっ、あっ、カッ、なっ、ゴッ……!?」


 エバカと同化している黒い冒険の書のページが、凄まじい勢いで減っていく。


 エバカは、確信を得始めていた。

 認めたくない確信であった。

 心が確信して、頭がそれを否定していた。

 その確信から逃げるように、エバカは大量の針を集めた拳を作って、それに自分を殴らせることで、衝撃で死にながら距離を離すことに成功する。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁぁぁぁぁぁっ……!」


 圧倒的な力に、でもなく。

 選ばれし者の唯一無二の能力に、でもなく。

 純然たる三人の絆に、負ける。

 そんな確信が、エバカの心に巣食っていく。


 こんなものが、他にあるものか。


 チョウより強い戦士なら、いくらでもいる。

 ダネカより多芸な魔法戦士なら、いくらでもいる。

 キタなんて工夫を凝らしているだけで、個人としては弱小にもほどがある。


 なのに。


 ───他の何よりも、恐ろしかった。


「……ぼくも……保険をかけておいて、よかったよ」


 だから。

 エバカは、幸運に感謝した。

 この仕込みが役に立つかどうかは、かなり運次第だと思っていたから。


 エバカの眼前に在る三人は、今土の上に立っている。

 エバカは、キタダネカの二人と戦っていた時、地面に針を仕込む罠を使った。

 あれは、エバカが地面に仕込んだいくつもの針罠の一つである。

 他の罠はまだ起動しておらず、そのままの状態で放置されていた。


 その内の一つの上に、今三人が立っている。


 アジの強力な『観測力』に裏打ちされた強力な魔力を込められ、15種の猛毒を塗られた無数の針。

 キタとチョウ相手なら一発で、ダネカ相手なら十数秒で、その防御を貫き死に至らしめる最大の罠。

 エバカが起動すれば、土中から針が射出され、無防備な足元から刺し貫く。

 その上にあの三人が来てくれたのは、本当に運が良かったとしか言う他ない。


 幸運は、エバカにこそ味方していた。

 100回戦えば、その内99回は三人はこの位置に来なかっただろう。

 だが、1回ならば、来るかもしれない。

 その1回をエバカが引いた。

 それだけの話。


 そして、エバカが罠を起動して。

 針が三人に向かって射出───され、なかった。


「え」


 エバカは気の抜けた声を漏らしてしまった。

 呆然として、そこで気付く。


 戦闘に集中し、三人に集中し、罠に喜び、エバカは気付いていなかった。

 少しだけ、肌寒い。

 僅かに、水の流れる音がする。

 そしてエバカは、キタが事前に王都の破壊された食品店の内装を使って、ここの地面に水を流し、魔導冷凍機によってその水を固め、地面ごと針をカチコチに固めて、罠を無力化していたことに気付いた。


「……あ」


 エバカの反応から推測でしかなかった『土中の罠』の存在を確信したキタは、土を青い双剣で斬り、舞い上がった針の一本に触れないよう、双剣の上に乗せて見る。

 針の表面の異様な色の毒を見て、キタは深く深く溜め息を吐いた。


「ダネカとチョウに毒針なんて刺させるもんか」


「おう、サンキュ!」


「流石の慧眼です、キタさま」


「ったく、もう。僕の不注意のせいで仲間が毒にやられたらって思うと、相当にヒヤヒヤするんだからな……だから専門職の盗賊欲しいって言ってたんだから」


「んなこと起こるわけねえだろ、心配しすぎだって!」


「こいつ……! 気をつけて生きろ……!」


「どうどう、キタさま、戦闘中です」


 エバカはもう、勝てる気がしなかった。


 勝てると思って挑んだ時の気持ちが、もう欠片も残っていなかった。


「ああ、そうだ。死んで蘇るのを繰り返すと不安になるけど、仮にも冒険の書の使い手が不安に振り回されちゃいけない。一回だけ、このまま負けるんじゃないかっていう不安に負けて、ここの地面を見ちゃっただろう? あれはよくなかったね」


「は、ははっ……はっ……はははっ……」


「土に針を仕込むのも二回連続でやると効果が薄くなるもんだよ。ああいうのは意識されてない時が一番強いんだ。まあ、たぶんあの罠好きなんだよね、君は」


 お前はその一回目も見切って対処してただろ、と、エバカは言いかけ、悔しさと共にぐっと飲み込む。

 もう、エバカには乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。


 キタはダネカとチョウを理解している。

 だから連携の繋ぎ目になって、二人を巧みに動かせる。

 それは刻の勇者らが共通して持つ『相手の気持ちが分かる』の発露か。


 だが、今はそれだけではない。

 戦いを通して、キタはエバカの戦闘スタイル、癖、好ましい勝ち方、はては性格まで、段階的に、かつ加速度的に理解していった。

 前で戦ってくれる仲間さえいれば、キタは敵をよく観察し、理解を深め、戦いの先を読んでいくということができてしまう。

 頭が良いからではなく、相手の気持ちが分かる人間だからだ。


 それは、誰かの理解者になる力。

 日常において、誰かの気持ちに寄り添うための力。

 戦闘においては、仲間と敵を理解することで勝利を引き寄せてしまう力。


 そんな優しいだけの力が、黄金と白銀を添えただけで、こんなにも強くなる。

 優しさが、何にも勝る力として発揮されている。

 これこそが、『明日への靴』。

 かつて、ジャクゴの父ジャクガが理解できなかった、王都最強の絆の者達。


「……刻の、勇者と……その周りに集まっていく、導かれし者たち……」


 どこか、見下していたのだ、エバカは。

 刻の勇者など、黒龍アンゴ・ルモアの敵ではないと。

 ダネカは、シサマに嵌められて壊れた哀れなピエロでしかないと。

 王都最強などと呼ばれるチョウも、所詮偽勇者にも及ばない戦士なのだと。

 『明日への靴』など、どうせ片手間に壊せる無価値な集まりなのだと。

 ずっと、見下していた。


 そんな三人が、こんなにも強い。


「あいつ、冒険の書を使いこなせてねーな。どう思う、キタ、チョウ」


「同感ですね。おそらく、未熟か、精神状態を上書きできないか、できたとしても何らかの消耗かリスクを負うのではないでしょうか。本来冒険の書の持ち主があそこまで心を乱すことがありえません。精神状態をロードすればいいだけですから」


「そうだね。思ったよりは手強い相手じゃなかったみたいだ。でも油断なく行こう。戦闘中に新しい懸念が出て来たら伝えるから、視野は広く持っておいて」


「おう」


「了解です、キタさま」


 エバカが、一歩後ずさった。


 行く千万の針に己を守らせ、エバカは叫ぶ。


「なんだ、なんだ、なんだお前らぁっ!!」


 黄金の剣が、気まぐれに青い剣と打ち合わされる。


 黄金の槍が、気まぐれに青い剣と打ち合わされる。


「おいおい、相手も知らずに喧嘩売ったのか? こいつは笑えるな! 俺達は」


「僕達は、全ての人々が明日へと進む時、その足を守る者」


「チョウ達が───『明日への靴』です」


 そして、三人が駆け出して。


 エバカは、更にもう一歩、後ずさった。

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